「味噌舐め星人の放蕩」 


「兄さん、若いのに最近ここら辺をうろついてるが、どうしたんだい」
「はぁ、別にそんなにうろついている訳じゃないんですが」
「嘘言っちゃいけねぇ。ここいらの住人、家付きも家なしも、ここん所は、突然現れたあんたの話題で持ちきりさ。いったいアイツは誰かってね。小奇麗な所を見るとお仲間ってことはないね。ひきこもりにしちゃ、外を出歩く程度に元気だ。けどバイトをしている感じでもない、アンタ何してんだ?」
「別に何もしてませんよ。失業保険中なんです、それでぶらぶらとね」
「なるほど失業保険ね、それでかい。で、次の職場のアテはあるのかい?」
「アンタに心配されるようなことでもないだろう。他人の心配する前に、自分の事をしっかりやってくれよ。俺はアンタ達の方が心配だね」
 いうねぇ、兄さんと、笑ってホームレスは煙を吐いた。笑いながら煙なんて吐くものだから、無様に口から漏れた煙は、俺の顔に何度か当たった。自分で煙を吸う分には気にならないが、他人に当てられるのは気になる物だ。
 この男と話をしていても、これ以上何も有益なことはないだろう。俺はそう見切りをつけて立ち上がると、彼に何も言わずに公園を出ることにした。
 しかし、彼は俺に着いてきた。どういうつもりかは分からないが、彼は俺の数歩後ろを、見つかることも憚らずついてきたのだ。振り返ればそのヤニ色に染まった歯をむき出しにして笑う男。どこまで付いてくるのだろう。
 このまま家まで上り込まれてはたまったものではない。どこかで彼を撒くか、あるいは帰って貰わなくてはならない。恐らくだが彼を撒くことは無理な気がする。どことなく得体のしれない彼は、俺が逃げても素知らぬ顔をしてまた後ろを歩いていそうだ。だとすると、彼の目的を早急に満たして、お引き取り願うのが賢い選択だろう。俺はなんとなくそう判断した。
 俺は自宅の前を一旦通り過ぎて駅の方へとやってきた。そして、大通りの真ん中で立ち止まり、付いてくる彼の方を向いた。よぅ、おっさん、俺に何か用でもあるのかい。煙草ならもうくれてやっただろう。すると、ホームレス男は汚らしい歯をまたむき出しにして、いや、まだ大切な物を貰っていないよと、俺に言った。そこで初めて気づいたのだが、この男、どうにも体格が良い。汚い身なりというか、コートの下に隠れて見えなかったのだが、腕など俺の倍くらいある。眼光も普通のホームレスではないなと思った時、俺は彼に後ろ手に羽交い絞めにされていた。万力で締め付けられるような痛みが腕に走る。こいつに逆らうのは無駄な抵抗だと、すぐに気づいた。
「アンタ、なんだ、何者なんだよ。俺に何の用だよ。生憎、俺はお前さんの様な奴に狙われなくちゃならない様な事、した覚えはないぞ」
「とぼけんなよ、この色男。お前さんが御嬢さんを手籠めにしてるんだろ」
 御嬢さん、だって。雅のことか。まったく、どこぞの馬鹿野郎と同じく、勝手な勘違いをしてくれて。別に俺があいつを縛り付けて自分の物にしてる訳じゃないってのに。アイツが俺と一緒に居たいっていうから、一緒に居るだけだ。でなければ、あんな面倒くさい女、こっちから願い下げだ。
 勘違いしてるぜと言いかけて、俺は腕を襲った激痛に歯を食いしばった。