「僕の不幸せな青少年時代 その二十四」


 夏休みに入っても僕の大学生活はなんら変わることはなかった。遊ぶ相手もおらず、参加するイベントも見つからず、バイトもせず、日がな一日家の中でパソコンに向かって、顔の見えない相手と中身のない会話を繰り返す。そして、一週間の終わりに思い出したかのように地元に帰ると、詩瑠の病室に行っては嘘だらけの生活報告を行うのだった。詩瑠は、僕の話をすっかりと信じているらしく。いいな、私も大学に行きたいなと輝いた目で僕に語ってきた。その度に、そこまで良いものじゃないよ、面倒くさいことも多いからと、本音を交えた言葉を返してしまうのが、どうにも歯がゆかった。
 病院に通う途中で予備校時代の知り合いの何人かと顔を合わすこともあった。例えば、僕を進学コンパに誘った青年は、予備校で一・二を争う美少女を隣に連れて歩いていた。あの夜、僕と体を重ねた彼女はといえば、あの時逃げてしまった男とは別の男と手を繋いで、暗い夜道をラブホテルのある通りに向かって歩いていた。僕は彼女と顔を合わさないよう、その背中からかなり離れて歩いていたのだが、女の勘は鋭いのか、細い路地へと曲がろうかという所で、彼女が僕の方をちらりと向いて、ウィンクして返した。僕に話しかけては来なかったあたり、今の彼氏に満足しているのだろう。まぁ、それはそうだ、僕の様に陰気くさく、大学でも浮くような相手を、誰が好き好んで相手するのだろうか。唯一の救いは、彼女を置いて行ったイケメンが、これまた違う女の子を連れて、しかも彼女よりもまた数段劣るような具合の女を連れて、街を歩いていたことだ。ざまぁ、みやがれ。しかし、最近の若者という奴は乱れているな。とっかえひっかえ相手を変えて。
 そういう僕はといえば、彼女のことをすっかりと忘れてしまって、今は何か良い出会いでもないかと思っていた。といっても、大学に出会いは期待できず、地元に帰って来ても会う相手もおらず、どうしようもないのだが。何か、ぽっとした拍子に、例えば、天空の城ラピュタの様に、空から女の子でも振ってこないだろうか、なんて、空想染みた事を考えては、憂鬱な気分になった。何度か、下宿先の近くにあるお洒落なバーの前を通ることがあったが、中に入る気にはなれなかった。入った所で何をすればいいのかも分からないし、もし、大学の人間が居たら、また、気まずい空気になるだろうし、大学での物静かで親しみのない暗い僕を演じ続けなくてはいけなくなる。
 この歳で、自分の人生に閉塞感を感じる人間が、この世にどれくらい居るのだろうか。多くの若者が、ミュージシャンやアーティスト、あるいは実業家といった憧れを、不明瞭なもやに包まれた世界に己の未来像として思い描くこの年頃に、僕は自分の可能性のなさに絶望して、地に落ちている影ばかりを見ていた。この影は、僕の体を強く部屋の中に引きとめて、自分の殻の中に引き留めていた。そして、突然疼いては、僕にどうしようもない無力感を押し付けて、苛めるのだ。どうしてこんな人生を送らなければいけないのだろうか。言うまでもなく、僕よりももっとひどい青春を送っている人間は居るだろう。しかし、そんなことはどうでもよく、自分を憐れむ気持ちばかりが胸に溢れて、僕は、僕は、ただ、虚ろに毎日を過ごすのだった。