「僕の不幸せな青少年時代 その二十四」


 大学生になった僕を待っていた生活は、世間一般的な浮かれたものではなかった。同学年の人たちと上手くなじむことのできなかった僕は、夏休みまでの期間を誰とも喋ることなく過ごした。いや、何人かとは事務的な話はしただろうが、所謂世間話という奴をまったくせずに、僕は多くの大学での多くの時間を過ごした。何故そんなことになったのか。僕が一年浪人して大学に入ることになったからだろうか。いや、僕の様に一浪している同学年の人間も何人か居た。そしてその人たちの何人かは、羨ましいほどに充実した大学生活を満喫しているようだった。彼女も居る、友達もいる。バイトをして金もあれば、自由に遊べる時間もある。それに比べて、僕はどうだろうか。彼女は居ない、友達だって居ない。バイトをしていないから金もない。時間だけは腐るほどあったが、それを有意義に使うあてもなく、僕は死んだような目をして毎日を過ごしていた。こんな事をして、いったい何になるというのだろうか。そんな疑問ばかりが、僕の大学生活を満たしていた。
 詩瑠の見舞は、住んでいる所の関係上、一週間に一回になった。それでも週末には欠かさず帰ってくるのだから、その優しさと思いやりに感謝して貰いたいくらいだ。僕が来なくなってからというもの、彼女は少し精神的に落ち込んだようだったが、体調は相変わらず安定していた。その日、僕が病室を訪れた時も、彼女は起きて漫画を読んでいた。それは、僕が好んで読んでいる作家の単行本で、大学進学を機に彼女に貸した物だった。
「あっ、お兄ちゃん。来てくれたのね」
 本を畳んで枕の腋に置くと、詩瑠はこちらを向いた。えくぼが浮かんでいるその頬が、また少しだけこけたような気がする。病気になる前の彼女とは随分と変わってしまったが、それでも彼女は僕の可愛い妹に違いなく、孤独な大学生活に荒んだ心に、その笑顔は変わらない安堵感を与えてくれた。
「お兄ちゃん。大学生活は楽しい。もう友達はできたのかしら」
「まぁね。ぼちぼちだけれども休み時間に喋る程度の友達はできたよ」
「そう。よかったわ、それならいいの。お兄ちゃんって、どこか人を寄せ付けない所があるから。私心配してたんだよ、ちゃんとやってけるのかって」
「それはどうもありがとう。けど、要らない心配だよ」
 その鼻先をツンとつついてやると、擽ったそうに詩瑠は目を閉じた。
 彼女の心配は見事に的中して、僕はしっかりと大学の中で孤立しているのだが、それを彼女に伝える気にはなれなかった。彼女の病状を気遣ってのことではないし、彼女に要らぬ心配をかけたくないわけでもない。ただ、単純に、兄としてそんな威厳のない姿を、彼女に知られたくなかったのだ。
 これで詩瑠が、友達を連れてきてねなんて言ったら、その時はどうしようかと思ったが、彼女はそれ以上僕に何かを訪ねてくることはしなかった。代わりに、先ほどまで読んでいた本を手に取って、その内容がどんなに素晴らしかったかを僕に言って聞かせた。勧めた僕よりも、すっかりとその漫画の世界に入り込んでいる詩瑠。僕は少なからず、彼女がそんな風に熱く物事を語ってくれるという事に、語れるという事実に、喜びを感じていた。