「僕の不幸せな青少年時代 その二十二」


 彼女は決して美人という部類の人間ではなかった。それを補って頭がいいようにも決して見えなかった。つまり、遊ぶつもりで彼女を誘ったのだとしたら、その男の趣味が僕にはよく分からなかった。彼女の方から積極的に相手にアプローチをかけたのかもしれない。そうだとすると、相手の男は飲み物をを買いに行く振りをして、逃げたのかもしれないなと、僕は思った。
 僕には彼女を見捨てて家に帰るという選択肢もあった。別段、僕は彼女に興味があった訳でもないし、彼女の面倒を見なければいけない義理がある訳でもなかった。たまたま同じ予備校に通っていて、たまたま同じコンパに出て、たまたま話をする相手が居なかった。ただ、それだけの関係だ。
「ねぇ、貴方、帰らなくても、良いの」
「良いさ。僕もちょっと酔いを醒ましたいと思っていた所なんだ」
「嘘だ、よね。私、貴方が、お酒飲んでるの、見ていないもの」
 ばれたか、と、僕は頭を搔いた。ついでに言うと、貴方は合瀬さんの彼氏だよね。良いの、私なんかと一緒に居ると怒られるんじゃないの、と、彼女は言った。合瀬さんとは、そういう関係じゃないよと僕は咄嗟に弁明してみたが、嘘よと、すぐに一笑にあしらわれた。周りの僕達を見る目がどういうものだったのか、これほどわかり易い話はないだろう。実際は、僕たちはそういう関係ではないのだが。結局、僕はこれも、ばれたかと肯定する羽目になった。まぁ、僕自身は、そうありたいと、願っていたのだけれども。
 取り留めのない話をした。彼女は僕と違って、旧帝大の工学部に現役合格した優秀な学生だった。合瀬さんとは高校が同じで、予備校に通い始めたころはよく話したのだが、最近はめっきりと疎遠になっていたのだという。入れ替わりで、彼女が僕と話し始めたので、僕の事を覚えていたのだという。まったく彼女のことなど知らなかった僕は、それでおおいに狼狽えた。知らないと思っている人に、思いのほか知られているというのは、なんだか妙な感覚である。なんだか申し訳なくもあり、妙にこそばゆくもあった。
「逢瀬さん、落ちたってね。私立も、落ちてて、今も、必死に、二次募集をやってる、大学を、探し回ってる、って、話、だよ」
「そうなんだ。最近は、めっきり合わなくなったから、知らなかったよ」
「ふぅん。彼氏なのに、なんだか他人みたいなんだね。まぁ、そういう所が逢瀬さんも好きだったのかな。彼女、あんまり人と深く関わろうとするタイプの人間じゃなかったし。私も、本当に数えるほどしか話したことないし」
 僕は逢瀬さんの彼氏ではなかったが、それでも、確かに彼女と気が合ったのはそういう部分もあったように思う。僕はあまり人に対して、多くの物を求めるような人間ではないし。彼女もまた、無理に何かを要求する人間ではなかった。そういう意味で、僕たちの関係は上手く行っていたのだと思う。
「……そろそろ、三十分ね」
 何が、と僕が尋ねると、彼女は呆れたように顔を僕から背けた。そして、再びこちらを向くと僕の腕を取って、優しい手つきで撫でてきた。
「ねぇ、つまらないわ。もう少し、落ち着ける場所に行きましょうよ」