「僕の不幸せな青少年時代 その二十三」


 僕と彼女は場所を移動した。静かな場所というのがよく分からなくて、夜の街を彷徨った挙句、僕達は川沿いにある公園のベンチに落ち着いた。来る途中で買った缶コーヒーを飲みながら、僕たちは肩を寄せ合って夜空を見上げる。ねぇ、と、彼女が言ったきり黙ったので、僕はそういうことなのだと思って、彼女の方を向いた。瞳が潤んでいる訳でもなければ、頬が赤らんでいる訳でもない。暗い足下に視線を注いで、ただ静かに白い息を吐いている彼女の肩に、僕はゆっくりと手をのせる。一瞬彼女の体が震えた気がした。
 僕は彼女を抱いた。抱きながら、考えていたのは今も受験を続けている、逢瀬さんの事を考えていた。この胸の中で僕の名前を呼んでいる女が、彼女だったならば、どんなに嬉しかっただろうか。どれだけ望んでも手に入らない、望んだ未来を今に重ねて、僕は彼女の体を抱いた。恐らく、僕が彼女の体の先に逢瀬さんを見ているように、彼女もまた僕の向こうに何か別の者の姿を見ていたのだろう。お互いに、それは気づいていたが、あえて何かを言うようなことはなかった。僕たちは、そのままならない現状に対して、憤りとも諦めともつかない感情をお互い抱いていることを十分に理解していた。
 事を終えた後で、僕と彼女は暫く公園のベンチに腰かけて空を見ていた。
「ねぇ、貴方はどうして私の誘いを断らなかったの? 逢瀬さんのことは良かったのかしら。彼氏の貴方と同級生の私が、こんな事をしたなんて知ったら、彼女、きっと酷くショック受けると思うけれど」
「最初に言ったように、僕と彼女はそういう関係ではないんだよ」
「一度認めた癖に、まだそんなこと言うのかしら。貴方、純情そうな顔をして、意外に考えてることは小狡いのね」
 それは君がしつこく言うからだろう。聞く耳持たないのだから、認めるしかない。また、弁解と、彼女は笑う。けれども、信じていない訳ではなさそうだった。事後の余韻を楽しむように、彼女は僕の髪を指で巻くと、その顔を僕の胸に押し付けて、くすぐったい息を吹きかけてきた。
「何か、それを証明することができるものはあるの、プレイボーイさん」
「そうだね。残念ながらそんなものはないよ。むしろそんなものがないことが証拠みたいなものさ。僕は彼女から何も受け取っていないし、彼女に何も与えていない。ただ、一緒に居ただけなんだ。とまぁ、言ってみた所で、僕は幾らだって君に嘘を吐くことができる。信じられないのも無理はないよ」
 そして信じて欲しいとも思わなかった。それを承知で僕は彼女を抱いて彼女は僕に抱かれたのだ。そんな事を言う君はどうなのだと、そういう話だ。
「君こそよかったのか。僕なんかで。僕は、君に釣り合う様な学のある人間でもないし。特に魅力的でもないどこにでもいる平凡な男なんだけれども」
「いいのよ。相手は誰だってよかったんだから」
 そう言って彼女は僕の首に腕をかけて、鼻先に唇を寄せた。
「大切に大切にしてきた物を、ふいに壊したくなる。そういう、感覚ってわかるかしら。別に壊すことに意味はないの。ただ、壊したい。そういう欲求が体の奥から湧いてきて、そして気づいた時には壊してしまっているの」