「僕の不幸せな青少年時代 その二十一」


 三月に入ってからというもの、大学に向けの準備でとたんに忙しくなり、僕はめっきり時間の感覚というものを見失っていた。それでも、毎晩詩瑠には会いに行っていたが、来るのが遅いと何度となく叱られた。僕が大学に進学してからと言うもの、何故か調子を取り戻した詩瑠は、ご飯もしっかり食べる様になり、よく笑うようになった。体の方は、相変わらず改善の兆しはなかったが、精神的に充実したことで、まだもう少し生きられるのではないだろうかと主治医も言っていた。それだけに、僕が県外で一人暮らしをすることが、彼女に与えるショックの大きさというものは計り知れない。
 合格した大学は、一つ隣の県にある大学だった。一応、電車で通えない距離ではなかったのだが、朝の五時起きというのは流石に体にきつく、僕は下宿することにした。アパート情報誌から安い物件を探し出して、父さんと一緒に不動産屋に行って物件を借りると、僕は後は一人で引っ越し作業を行った。隣近所への挨拶から、電気・ガスの契約、冷蔵庫やテレビなんていう家電の搬入を行って、なんとか住める状態になったのが、三月の最後の週の出来事だった。大学は、四月の七日から始まる予定だった。四月の六日にでも入居する予定で、僕は地元で過ごす予備校生最後の休日を楽しむ事にした。
 そんなある日、僕の携帯電話に電話がかかってきた。まったく知らない番号で、正直電話に出るか出ないか迷ったのだが、恐る恐る出てみるとそれは予備校の同級生からだった。かなり前、それこそあの予備校に入ったばかりの頃に、色々あってアドレス交換したのだった。きっと連絡することはないだろうと、携帯に登録はしなかったのだが、すっかりと忘れていた。
「あのさ、今度あの予備校通ってた奴等で、大学合格したメンバー集めてコンパするんだけどさ、お前も来る? 受かったんだよな、大学?」
「え、あぁ、うん。受かったけど。良いの、僕なんかが行って」
「良いよ良いよ、なに言ってんのさ、同じ予備校の仲間じゃんか」
 受話器の向こうで気さくな声で笑っている彼。なんというか、僕から携帯のアドレスを聞きだした時も、こんな感じだったような気がする。自分の周りの環境を、理想的な環境にするべく率先して整地していく、そういうタイプの人間なのだろう。ほっといてくれ。僕の様に、変わらない物は変わらないと受け止めて、諦めている様な人間に、彼の様に何もかも思い通りに周囲を動かして、動かなくても諦めずに奔走する人間は、疎ましく思えた。
 眩しく感じられたという表現が正しいか。どうして彼にできて、僕にできないのか、その差を考えれば考えるほど、僕は死にたくなってしまうのだ。
「わかった、それじゃ、行かせて貰うよ。場所と時間を教えてくれる」
「おっ、来てくれんの。ありがとー。」
 けれども、そんな疎ましさが今回ばかりは嬉しかった。そういう機会となれば、もしかすると彼女と会えるかもしれない。彼女の様な堅物が、コンパに参加するとはちょっと思えない。それでも彼女にとっては高校卒業の節目であったから、もしかすると参加する気分になるかもしれない。その僅かな可能性にかけて、彼女に会うべく、僕はコンパへの参加を決めた。