「僕の不幸せな青少年時代 その二十」


 彼女との約束を律儀に守った僕は、工学部の学科を受験する資格も得ていた。受験直前になって、僕は改めて経済学部志望で良いのかという気持ちにさいなまれた。文系学科よりも、理系学科の方が就職が良いとは聞く。しかしながら、緻密な計算だとか、ハードな実験に耐えれる自信は僕にはない。やはり、受けれると言っても受ける気にはなれず、僕は当初の目的通り、経済学部を受験することにした。別に当初の予定通りに行動したのだ、ヘタレた訳でもなんでもない。しかしながら、そこはかとなく僕の周りに漂う敗北感に、僕はあまり良い気分で大学の願書を出すことはできなかった。何に敗北したというのだろうか。あの、年下で村上春樹が好きな彼女にだろうか。
 二次試験は去年と違い面白いほど上手く事が進んだ。一年間勉強してきた努力が実ったというよりは、運の要素が強いという気がする。別段、予備校に通わなくても、高校時代の知識で充分に太刀打ちできたのではと思ってしまうくらいに、僕は試験の答案を全て埋め、会場を後にした。それで落ちていたなら笑い種なので、上手く行ったと周りに公言することはなかったが、やはり僕の勘は間違っておらず、数週間後に合格通知が家に届いた。
「わぁ、お兄ちゃん、おめでとう。やったね、これで春から大学生だ!!」
 親を差し置いて、僕が最初に合格通知を見せたのは、僕の愛しい妹、詩瑠だった。彼女はやせ細った手で僕の合格通知を握ると、やったやったと言って胴上げするように上下に揺らした。そんな風に扱ったら破れるだろうと言うに言えず、僕は彼女の好きにさせた。そして、一通り喜び終えた彼女から合格通知を返してもらうと、こうして合格できたのも、詩瑠が僕の事をいつも励ましてくれたおかげだよと、彼女の頭を撫でながら言った。
「そう、なのかな。えへへ、照れるよお兄ちゃん」
「そうだよ。お前が大丈夫、今年こそはちゃんと大学受かるよって、励ましてくれたから、僕も頑張れたんだ。詩瑠、ありがとうな」
「うん。そっか、こんな私でも、まだ、できることはあるんだね」
 頬を赤らめ、熱っぽい視線を布団に下すと、ゆっくりとその口元を吊り上げて、笑う。久しぶりに心の底から笑っている、喜んでいる詩瑠を見た気がした。なんとなく、僕の受験合格が、詩瑠の生きるという意思に繋がればと思って言ってみたが、その思惑は見事に成功したらしい。もっとも、本当に詩瑠のおかげで合格できたとは思っている。それくらい、彼女の存在は僕の人生を決定する上で、非常に大きなウェイトを占めているのだった。
 詩瑠に別れを告げると、僕は家に戻ることにした。戻りながら、ふと、予備校でのこと、あの彼女についてのことを思い出していた。結局、彼女とはあれっきり会っていないが、もし、再び会う事があったなら、僕たちはいったいどういう会話をするのだろうか。僕が彼女を抱きとめた夜、彼女は僕をそういう目で見ることはできないと言ったが、その気持ちは、変わっていないのだろうか。好きなのか嫌いなのかと言われれば、彼女の事を僕は異性として好きだった。しかしながら、これが愛なのかと言われれば、それもなんだか違う気がした。単に、物寂しいだけなのかもしれない。