「僕の不幸せな青少年時代 その十九」


 僕と彼女はそれっきり会うことはなかった。未だ惨劇の余韻冷めやらぬ予備校では、結局センター試験前日も自宅自習となり、更にセンター試験明けから一週間しても、営業を再開することはできなかった。今回の事件を重く見た講師の何人かが予備校を止め、授業が行えなくなったのが一つ。もう一つは、センター試験前に止むを得ずながらも休講したことが、肝心な所で休講されるようでは通わせる意味がないと、保護者達の反感をかったのだ。
 無茶をいうなと思ったが、仕方ないだろう。もともと、県下にある予備校の中ではそんなにレベルの高い方ではない。結局、休講二週間目になろうかという日の朝。廃校の電話が携帯電話にかかって来て、僕たちは厳しい受験戦争のただ中に頼るものもなく放り出されることになった。これこそ、最悪の展開という奴だろう。まさかそんなと思って急いで向った予備校には、僕と同じ考えの受験生たちが騒然として群れを成していたが、既に予備校の看板は外されており、建物の中には人の姿は見当たらなかった。結局、予備校を経営していた大人達がどうなったのか、どこにいったのか、子供の僕たちは知らない。親だって、はたして知っているのだろうか。そんなことを考える暇もない程に、日常生活と余計な事を考える余裕を脅かす程に、大学入試の二次試験の日程が僕たちに近づいてきていたのだった。
 詩瑠の容態は相変わらず落ち着いていた。良くもならなければ、急激に悪くなることもない。徐々に徐々に、ゆっくりと彼女の体を蝕んでいく病魔。最近は強い薬を打ち過ぎている為か、少し眠っている時間が多くなってきた気がする。僕が病室に見舞に行くと、彼女は眠っていることが多かった。
「お兄ちゃん、どう、今年は大学受かりそう?」
「まぁ、なんとかなるんじゃないかな。センターリサーチで検索してみたけれど、志望大学はA判定だったから。もっとも、その志望大学からして、あまり人気のない田舎大学の、人気のない学科なんだけれどね」
「けど、国立なんでしょう? 凄いわお兄ちゃん。流石お兄ちゃんだわ」
 本当に流石なら、お前の病気を治してやると決めた去年の春に、医学部に合格していただろうよ。ネガティブな思考に絡め取られそうになる自分を、なんとか抑えると、僕は詩瑠の白くなった頭をゆっくりと撫でた。
 くすぐったいよと目を細める詩瑠。せめて、僕が大学を卒業するまでは生きていて欲しい。それが彼女を無駄に苦しめるだけの、何の意味もない希望でしかないのは分かっていたが、それでも、僕は思わずにいられなかった。
「ねぇ、お兄ちゃん。隣のベッドで寝ていた、太田くん覚えてる?」
「覚えてる。小学生になったばかりの子だろう。ここに入って来た時、お前の事をガリガリおばけとか言って騒いでた奴だ。それがどうかしたか」
 そう言えば、ここ数日彼の姿を見かけていない。
「昨日の夜にね、集中治療室で死んじゃったんだって。看護婦さんが言うには、私と同じ小児癌だったんだけど、彼のはすぐに全身に転移しちゃって。子供だから耐える体力もなくて、それで、それで……」
 若い隣人の死を語る詩瑠の目は、ここではない何処かを見据えていた。