「僕の不幸せな青少年時代 その十六」


 僕はその晩、なかなか眠ることができなかった。それは近づいてきたセンター試験に対する恐怖によるものでもなければ、隣の部屋に寝ている彼女の存在を意識して興奮したからでもなかった。冴える目玉は暗闇に満ちた部屋の中をしっかりと見渡せて、部屋の輪郭を明瞭に僕に認識させる。駄目だ、こうなってしまってはもう手の施しようがない。僕は観念してベッドから体を起こすと、なにか眠たくなるのに丁度いい暇つぶしはないかと考えた。それはもちろん、こんな時期だから、英語辞書でも開いて単語の一つ二つ覚えようとするのが一番良いのは分かっていた。けれども、そんな気分にはとてもなれずに、僕は部屋の窓を開けて夜空を見上げることにした。
 中学生の頃は、正座の授業なんてものがあって色々と覚えたものだが、三年もたつとすっかりとその記憶も抜け落ちてしまっていた。夜空に浮かぶ星が何座なのかさっぱり分からないまま、ただ呆然と見上げていれば、眠気よりも先に首が悲鳴を上げて、僕はゆっくりと視線を闇に沈んでいる街の方へと降ろした。あぁ、この方角には、今日会いに行くはずだった、詩瑠が眠る病院がある。今日、僕が彼女を見舞わなかったことで、彼女が気落ちして、病状が悪化したらどうなるだろうか。なんてくだらない考えが、さっきから頭の中を堂々めぐりしているのだ。バカバカしい。そんな些細な事で、人の生き死にが決まってたまるかと、先ほど隣に眠っている彼女に言ったばかりだというのに。こんな事を考えた所で、詩瑠の病状が良くなるわけでもないのに。それでも、どれだけ理性的に考えても、どれだけ無意味な行動だと頭の中で否定しても、その考えが頭の中から離れることは無かった。
 こういう夜は、自分を慰めて寝るに限る。しかし、今日に限って隣の部屋には彼女が眠っていて、そんな行動に出れば彼女に色々な意味で嗅ぎつけられて、何を言われるか分かった物ではなかった。では、どうするか。そこは青少年らしく、スポーツや筋トレでもして無駄に高ぶった性欲を抑制する。ことが出来れば苦労はしない。隣で筋トレなぞしようものなら、きっとその物音で彼女は起きるだろう。何をしている瞬間を見られるよりは、まだ幾らかマシだが、とにかく、あまり激しく運動するのは、好ましくない。
 本を読むにしても、試験のこともあって図書館から本を借りてくるのを控えているので、特にこれといって読む本もない。部屋の本棚に置いてあるやたらと難解な小説群については、今更読み返す気にもならなかった。
 羊でも数えようかと思った僕は、窓を閉めて再び布団の上に寝転がった。頑張って、千匹まで数えることまで成功したが、越えてすぐの頃合いで、何匹数えたかをど忘れしてしまい、羊数えは終了した。羊を数える前よりは、少しは眠たくなっただろうか。なんてことを考えると、また頭が冴えてきてしまい、とどめとばかりに窓から差し込んできたライトと、壁を震わすラッパの爆音により、完全に現実の世界に意識を引き戻されたのだった。
 あぁ、もう、どうしたものかね。布団と毛布を頭まで引っ張り上げると、僕は右肩を下にして壁の方を向いた。寝方を変えたくらいでは眠気等起きないのだが、それでも、変えない訳にはいられない気分だった。