「僕の不幸せな青少年時代 その十五」


 近所にある駅の欠点を一つだけあげるとするならば、遮断機が下りてしまうと向かいのホームへ向かう手段が皆無だという事だ。歩道橋や地下道なんて有りはしない。それはそうだろう、ど田舎の無人駅と大差ない駅なのだ。
 そんな駅だから、僕たちが少し話し込んでいる内に、終電の電車は近づいており、僕たちがたどり着いた時には、丁度向かいのホームで本日最後の搭乗者たちを中に入れている所だった。深夜だというのにお構いなしに警戒音を鳴らす踏切。その手前で停止していた電車は、ドアを閉め、ゆっくりと踏切の間をすり抜けると、隣を歩く彼女の家のある方向へと走り去った。
 完全に乗り遅れた。気まずさに言葉を失ったまま、僕と彼女は電車の走り去ったホームへと入った。そして、時刻表と時計を見比べて、先ほど走って行った電車が、終電だという事を確認すると、誰に向かうでもなくため息を吐いたのだった。こればかりは運だ、しかたがない、という事にしよう。
「どうする? 親御さんに連絡して迎えに来てもらう?」
「無理よ。二人とも、私に構ってる時間なんてないくらい忙しいもの」
 じゃぁどうするんだ。何処か他に泊まるアテなんてあるのかい。僕が尋ねようと思った矢先に、彼女は僕の前を歩き始めた。どこに行くつもりなんだい、と、咄嗟に質問の内容を修正して、彼女に声をかければ、振り返りもせずに彼女は、ホテルよと言った。この辺りにあるホテルというと、ピンクなホテルくらいしかない。止めておきなよ、僕達ではまだ入れないよ。じゃぁどうしろっていうの、と、言う彼女の口調は少し怒っているようだった。
 結局、僕はなんとか彼女に食い下がって、ホテルに泊まるのを思いとどまらせた。僕の家の妹の部屋を使うと良いよと彼女に薦めると、最初は人の家に泊まるだなんてと渋っていたが、最後には仕方ないかと折れた。実際、何軒かホテルを回って、その雰囲気に圧倒されたというのも、彼女を思いとどまらせる良い判断材料になったように思う。そんなわけで、思わず僕と彼女は夜の長くて無駄な散歩を終えると、僕の家に帰ってきたのだった。
「ところで、貴方、用事は良かったの?」
「えっ、あぁ、うん。今日くらい行かなくても大丈夫かなって」
「なにそれ、そんなどうでも良いような用事だったの?」
 また、迷惑そうな顔をする。どうしてこの娘は、人の善意を素直に受け取ることができないのだろう。さっき、僕が家に泊めてあげるよと言った時もそうだ。悪いわよなんて言って、首を横に振る。なんで、そんなに親切にされるのが嫌なんだ。そんなの笑って受けておけば良いというのに。
 だいたい、親切にされて怒られるだなんて、そんなのはナンセンスというものだろう。もう少し、人の気持ちと言う奴を考えて、喜んでくれよ。ありがとうの言葉一つで、そんな事はどうでもよくなってしまうんだから、さ。
 僕は彼女を連れだって、リビングの横を通り過ぎると、二階へと続く階段を上った。ここが僕の部屋、それで、隣が妹の部屋だよと言うと、どっちの妹さんと、彼女はそっけない素振りで僕に尋ねた。病気の方の妹さと答えれば、彼女はまた少し申し訳なさそうな顔をして、扉に手をかけた。