「僕の不幸せな青少年時代 その二」


 父や母の助力もあって、子役として確実に成長している観鈴は、滅多に家に帰ってくる事もなくなった。それでも、地元に帰ってくれば、必ず詩瑠の
病室には顔を出した。今日もまた、地元で撮影があった観鈴は、日もすっかり沈んだ頃に、詩瑠の病室にひょっこりと一人だけで顔を出した。普段なら後ろについているはずの母が居ないので、思わずどうしたのかと俺が尋ねれば、打ち合わせのある母とは病院前で別れたのだという。一人で迷わず姉の病室までやってこれることを褒めてあげると、もう子供じゃないのですと、観鈴は頬を膨らませて僕に抗議した。たしかに、小さかった観鈴ももうすぐ小学生だ。そろそろ、周りに可愛がられて喜ぶような年齢でもないか。
 詩瑠は観鈴がやって来ると、飾ってある果物かごの中から決まって一つ取り出してご馳走した。やせ細った手で器用にうさぎりんごやオレンジを剥いては、彼女は可愛らしい末の妹に差し出すのだ。果物を差し出された観鈴はといえば、子供らしい無邪気さを存分に発揮して、喜んで皿の上の果物を食べる時もあれば、お腹いっぱいだとか嫌いだとか理由をつけて食べなかったりした。喜んで食べるときはともかくとして、病人の折角の心遣いを断った時には、たまらず僕は観鈴を注意するのだが、必ず詩瑠は、止めてあげて、みーちゃんはまだ小さいんだからと、我儘な末っ子を庇いたてた。自分ではもうすっかりと大人になったと思っている、お子様な観鈴にはもちろん聞こえないように、とても小さな声で、俺だけに聞こえるように。
「ねぇ、お姉ちゃん。お姉ちゃん、お病気の方はどうなんです。ちょっとずつ良くなってるですよね。だってもう長いこと病院に入院してるのです。これだけ長いこと入院してたら、お医者様の治療を受けていたら、きっと、だいぶ病気も良くなってるのですよね?」
「うぅん、どうなのかな。なんだか、お姉ちゃんの病気って、難しい病気らしいからね、ちょっと、分からないや、あはは」
「えぇ、けどけど、私は病院に行ったら、すぐに元気になるですよ。ちょっと見て貰っただけなのに、元気元気になるのです。だから、お姉ちゃんも、これだけ長いこと居るんです、もうすっかり元気なんじゃないのですか?」
 病院に通った時間が長ければ病気が治るのなら、誰も苦しみはしないのだろう。観鈴、そのくらいにしとけ、もう今日はお姉ちゃんを休ませてやろうと、僕は末の妹を抱えあげた。いやなのです、まだ、話すのですと、手足をばたつかせる観鈴を、無理やり部屋の外に出すと、悪いな、それじゃまた明日と、僕は詩瑠に微笑んだ。少し困ったような微笑みを返す詩瑠に、俺は申し訳なさを感じながら部屋を後にすると、まだ足をばたつかせている観鈴の頭をこつりと叩いた。悪気がないのは分かるのだが、病人にかける言葉くらいは選んでくれ。自分の事を十分に大人だと思っているのならば。
「なんで邪魔するんですかお兄ちゃん。私はお姉ちゃんとお話したいだけなのに。お仕事忙しくて、私がたまにしか帰ってこれなくて、お姉ちゃんさんとそんなに会えないこと、お兄ちゃんも知ってるはずなのです」
 いいから、今日はもう遅いから帰るぞと、僕は観鈴を抱えて病院を出た。