「僕の不幸せな青少年時代 その一」


 高校時代にろくに勉強なんてしてこなかった僕が、一念発起して医者を目指したところで、結果なんてものは目に見えていた。一度きりの人生だからと、高みを目指して一年間みっちりと勉強した僕だったが、医学部合格というのは、高いハードルを飛び越えるなんて到達点の見えるものではなく、次元を超えるような無謀な行いに等しかった。結果、僕はなんの成果も得られないまま無残に浪人した。滑り止めの大学だって受けていなかったのだ。それを退路を断ったといわれるのか、それとも、計画性のない浅ましい行動といわれるのかは、自分の普段の行いだ。そして、どちらかと言えば、僕は後者だった。父に無言で身の程を諭され、母に自分の詰めの甘さを罵詈雑言を交えて指摘され。ほとほと傷ついた僕は、地方国立大学に目標を定めて、四月になる前から、一年下の子たちに混じって、予備校に通うようになった。
「お兄ちゃん、ありがとう、私の為に。私、お兄ちゃんが、医学部に受験してくれただけで嬉しいよ。だから、ねっ、お兄ちゃんの人生は、お兄ちゃんの好きなように生きて。私の為に、何かしてもらわなくても、いいから」
 自業自得とはいえ手ひどく傷ついた僕を癒してくれるのは、理不尽な理由で今にも死のうとしている、それでもなんとか気力で生き延びている、実の妹だけだった。詩瑠は、まだ生きていた。余命半年を宣告されて、最後と思われた春が過ぎて、夏が過ぎて、そして来ないだろうと言われた秋を越え、冬も越えて、二回目の春を病院で迎えた。抗がん剤の投与で、黒かった髪の毛はすっかりと白く染まり、顔は痩せこけて、まるで老婆の様になったが、それでも詩瑠は生きていた。それでも、詩瑠は俺の可愛い妹だった。
 僕は詩瑠の居る病室にこまめに顔を出した。ちょうど予備校へと向かう途中で病院の前を通ったので、朝と晩、毎日二回欠かさず、俺は詩瑠の様子を伺いに必ず病室に顔を出した。詩瑠は時に寝ていることもあったが、たいてい起きていて。俺が病室の扉を開けると、またきたのねと、ちょっとうんざりとした顔をして、それから、悪戯っぽく笑って、嘘よ、嬉しいはお兄ちゃんと僕を迎え入れてくれた。顔見知りも何人かいる地方の予備校で、毎日、頭がおかしくなるんじゃないかと思う程、勉強している僕には、詩瑠のくったくのない笑顔は、何よりもきく元気になる薬だった。また、僕がこうして詩瑠の病室を訪れることが、彼女にとって辛い毎日を生きる活力になると、僕は信じていた。詩瑠に聞いたわけでもない。独りよがりかもしれなかったが。それでも、僕は、詩瑠の笑ってくれるならと、毎日病室に顔を出した。
「ねぇ、お兄ちゃん、なんだかんだで、私、まだ、生きてるわね」
「……そうだな。きっと、詩瑠の日ごろの行いが良かったんだろうな」
 そうかもしれないわねと、詩瑠はまた優しく笑った。とても、理不尽な死を抱え込んでいる少女の表情には思えない表情で、彼女は僕に言うと、ふと窓の外にある城を眺めて、その表情を突然翳らせた。その中には、死に対する彼女の冷たい感情の様なものが、例えば、諦めだとか、絶望だといった、決して人の手で癒すことのできな感情が、彼女でさえ訳の分からないままに詰め込まれているような、そんな気がして、俺は妹から少し目を逸らした。