「味噌舐め星人の再開」


 俺の頭の上で目覚ましが五月蠅く鐘を打ち鳴らしている。古風な音だ。真新しい一戸建てには不釣り合いな、前世紀的な装置を俺は握りしめると、俺はそれを力いっぱい床に押し付けた。こんな形をしているくせに、スヌーズなんていう鬱陶しい装置を備えている目覚まし時計は、一度床に押し付けた程度では鳴り止まない。なので、俺は何度も何度も、何度も床へとそれを打ち付けた。壊れてしまえ、糞が、人間様に作られた装置程度の分際で。
 時計は鳴り止み、借り物のフローリングは傷ついた。同居人がこれを見たらきっと驚くだろう。そして、次の瞬間には呆れた様に顔を脱力させ、またやったのかという目で俺を見るのだろう。しかしそんな事はどうでも良い。あの同居人も、この生活も、全て全て、俺の退屈を紛らわすだけの、孤独を薄めて飲み下すだけの、炭酸水の様にくだらない存在でしかないのだから。
 不愉快な目覚ましのおかげで、完全に目を覚ましてしまった俺は、布団の温かさに負けて寝床から這い出た。強烈な喉の上を感じ、俺は部屋の扉を開けた。たった二人で住んでいるこの家の廊下は薄暗く陰気で、昼間だというのにとても不気味だ。その不気味さにももう慣れた俺は、特に気にも留めずに同居人の部屋を通り過ぎるとリビングへと入り、その横に備え付けられているキッチに入った。水場の向かいには、二人暮らしには少し内容量の多そうな、大きな白い冷蔵庫が聳え立っている。俺は冷蔵庫の野菜室の扉を開いて、大量に詰め込まれたもやしのパックを取り出すと、その上にある横開きの扉を開いて、冷蔵庫の中から味噌を取り出した。パック売りの赤味噌だ。
 もやしの袋と味噌のパックをキッチンの調理台の上に放り投げた。調理台の下から片手鍋を取り出すと、水道水をそのまま入れてコンロにかける。沸騰するまで、五分くらいだろうか。もっと瞬間的に沸いてくれると助かるのだけれどな。電気ケトルか電気ポットでも買おうか。いや、俺も同居人も一切の収入がない状態で、そんな物を買ってどうするっていうんだ。購入費用もさることながら、維持費もそれなりにかかって来るぞ。まぁ、自分が飲む一杯の為だけにお湯を沸かしている、そんな俺の様な人間がいう事ではないとも思うが。と、そんな事を考えている内に、丈の短い鍋の中の水はコトコトと煮立って、白い湯気を俺の頭上の換気扇に向かって昇らせていた。
 カットわかめともやしを放り込んでひと煮立ちさせると、暫くして出汁を放り込んだ。味噌汁一杯分に対してパック四分の一という風に書かれていたが計るのも面倒くさくて、俺はパックの出汁を全てそのまま、鍋の中へとぶち込んだ。かつおだしの良い香りがしてくる。出汁のもとってやつはたいした発明だよ。この無味でやたらと辛いだけの味噌が、こんなにおいしくなるんだから。味噌をスプーンですくいあげ、お玉ですり切るとゆっくりとゆっくりとお湯の中にそれを溶かし入れて行く。すぐに味噌汁は出来上がって、俺はそれを漆塗りを意識した塗装のプラスチック容器に入れた。
 リビングに運ばず、そのままキッチンの中で味噌汁に口をつけると、俺は一息にそれを飲みこんだ。味噌汁、味噌汁。なんて素晴らしい飲み物なのだろうか。これを飲んでいる時だけ、僕は救われた気分になれるのだ。