「僕の幸せな幸せな子供時代、そのにじゅうきゅう」


「大丈夫なら、お姉ちゃんのお見舞いに行きたいのです。せっかく病院に来たのです。お姉ちゃんの顔を見てから帰りたいのです」
 よほどよく眠れたのだろうか、急に元気になった観鈴は後部座席から飛び起きると、僕の腕をその小さな手で引いた。相変わらず上目使いに覗き込む視線が眩しい。それはまぁ、無事だと聞いたなら、そういう発想に至るのも仕方のない話なのかもしれない。観鈴が兄弟想いの良い子だというのをすっかりと忘れていた。やれやれ言葉を選び間違えたなと、僕は少し後悔した。
「会わせてあげたいのはやまやまだけど、もうこんな時間だろう。詩瑠も寝なくちゃいけないし、他の患者さんも寝なくちゃいけないんだよ」
「けどけど、パパとママは病院に入ってるのです。なんで、私だけ入っちゃいけないのです。おかしいのです、おかしいのです」
「それは、その、観鈴がまだ子供だから、かな」
「私は子供じゃないのです!! お兄ちゃんさん、失礼なのです!!」
 そうやってムキになって怒っちゃう所が子供だと思うのだけれども、それを指摘した所でまた観鈴はムキになるのだろう。そういう素直な所は年相応で、個人的には可愛らしく思っているのだけれど、夜の病院で大声で騒がれてはこちらもかなわない。とても、観鈴を中には連れていけない。
 それに、詩瑠に観鈴を引き合わせるのも避けたかった。良いお姉ちゃんである詩瑠は、観鈴が来たら、きっとあれやこれやと要らない世話を焼くことだろう。自分の体が辛いというのに、辛くて入院しているというのに。
「とにかく、お兄ちゃんと今日は帰ろう。良い子はもう寝る時間だし。観鈴は夜更かししちゃうような悪い子なのかな?」
「そんなこと言ったら、お仕事なんてできないのです。むぅ、お兄ちゃんの分からず屋。詩瑠お姉ちゃんに久しぶりに会えると思ったのにぃ」
 頬をヒマワリの種を頬張るハムスターの様に膨らませると、観鈴はそっぽを向いた。けれども、どうやら僕の言葉に従うつもりではあるらしく、病院の方へと勝手に行ってしまうようなことはしなかった。
 車の扉を閉めて、鍵をかけると、僕は駅の方へと向かって歩き始めた。
「お兄ちゃん。あのねあのね、私ね、もうすぐね、ドラマの主役をやれるらしいのです。パパとママがね、子供向けのドラマのお仕事を取ってきてくれたのです。私、主役って、初めてなのです。大丈夫かな、お兄ちゃん?」
「大丈夫だよ、観鈴は小さい頃から子役で頑張ってるじゃないか。今まで通りにやれば、きっと上手く行くよ。お兄ちゃんとお姉ちゃんが保障する」
「えへへ、そう言ってくれると、嬉しいのです。お兄ちゃんと、お姉ちゃんが大丈夫って言ってくれるだけで、私は、元気も勇気も百倍なのです」
 懐かしいアニメの台詞が少し混ざっているな。仕事の合間にでも見ているのだろうか。ませているようで、やっぱりまだまだ子供っぽいな。
「あのね、お兄ちゃん。私ね、忙しいけど、今とっても充実してるのです。昔は、子役の仕事嫌々だったけど、今はとっても楽しいのです」
 生き生きと僕に語る観鈴の姿は、僕の暗い気分を少し払拭してくれた。