「僕の幸せな幸せな子供時代、そのにじゅうに」


 パソコンの前で事を終えた僕は酷く喉が渇いていた。一度、本物の女性の味を覚えてしまった僕の体は、自分の体を使って慰めるという行為に対し、非常に反応が鈍くなっていた。なので、自慰行為が一時間に及ぶこともしばしばあり、その間水分を出すばかりの僕は、しばしば行為を終えると強烈な飢えを感じて、ベッドの横に置いた小型冷蔵庫へと向かうのだった。まだ僕が中学生だった頃、部活動に疲れて帰ってきた体を癒すために買った冷蔵庫が、今はこんな風に使われているというのは、なんだか皮肉っぽい話だ。
 普段ならば冷蔵庫の中には二リットルのスポーツドリンクが入っているのだが、今日に限ってドリンクを切らしていた。そう言えば、昨日の夜に全て飲み干してしまったのだっけ。ここ数日はテストだ数学のレポートだと、何かと学業が忙しくて、コンビニやスーパーに出向く暇なんてなかった。喉の渇きはいかんともしがたい。我慢しろと言われて我慢できるものでもなく、仕方なく僕は部屋を出ると詩瑠がテレビを見ているリビングへと向かった。
 相変わらず、詩瑠はテレビに夢中の様で、僕が入ってきたことにまるで気づいていない様子だった。特に気にかけず彼女の後ろを通った僕は、冷蔵庫から牛乳を取り出すと、振って中身の量を確かめた。まぁ、これくらいの量ならば飲み干せるだろうという量だったので、パックの口を開くと直接口を着けて、パックを傾けると喉を鳴らして飲み干した。渇いた喉に甘ったるい牛乳がまとわりついたが、いかんともしがたい喉の飢えの前には、そんな不快感など気にする余裕もない。一息に牛乳パックを空にすると、僕はぷはぁと大きく息を吐いて、空になった紙パックをシンクの中へと放り込んだ。
 ふと、テレビ番組がバラエティではなくニュース番組になっていることに僕は気づいた。夜の12時頃から始まる、政治とスポーツがメインの至極真面目なニュースである。こんな番組を詩瑠が見るとは思えない僕は、おい、詩瑠、テレビ見てるのかと、思わず尋ねた。いくら待っても、詩瑠からの言葉は何も返ってこない。どうやら見ている内に眠ってしまったらしい。れやれ、こんな所で眠ったら風邪を引いてしまうだろうに。昔から、どこか呑気というか、抜けている所がある詩瑠は、時々こんな風にリビングで寝てしまう事が多かった。小さい頃はそんな彼女を、僕が部屋まで運んでやることも多かったが、もう中学生ともなってしまうと、流石に僕にも運べなかった。昼間ならともかくとして、夜にこんな所で何も着ずに寝たら、風邪を引くのは間違いないだろう。僕は詩瑠に近づくと、こら、詩瑠ちゃん起きなさい、こんな所で寝てたら風邪ひくだろうと、彼女の肩を揺すって語りかけた。
 返事はまたなかった。どうにも、様子が妙だ。たしかに、詩瑠はお寝坊さんな所のある娘だったが、寝起きはそれほど悪くはなかった。余程疲れているのだろうかとも思ったが、それにしても、少しくらい呻くなり身悶えるなりしても良いはずだ。顔色を窺えばどうにも青い。息も心地荒いのを確認した僕は、何故だろうか、とても不安な気分になった。どうせ、風邪でも引いたのだろう、そういう当たり前の発想を一つ飛び越えて、何故か僕の妹が重大な病気になってしまったのではないか、と、そんな気がしたのだ。