「僕の幸せな幸せな子供時代、そのじゅうご」


 観鈴はよりいっそう僕に強く抱き着いてきた。それは、自分の望む答えを言ってくれたことに喜んでいるようであり、一方で行ってくれたことに対する感謝であるようだった。この娘は、この歳にして人の喜ばせ方を知っているというのだろうか。本当に末恐ろしい妹だよ。きっと、将来は名の知られた人物になるだろうね。なんて、無邪気ゆえの行動なのだろうけれど。
「にいちゃぁ、だったらぁ、にいちゃぁも、マァマのこときりゃいなの?」
「えっ?」
「マァマのこと、きりゃぁい? しゅき? みすじゅはきりゃい!!」
 またなんともストレートな質問をしてくる。好きか、嫌いか、か。なんとも子供らしく単純で明快な発想だ。けれど、そんな簡単に家族関係を表現することなんて、できるわけがない。確かに僕は、僕と詩瑠の育児を放棄し、観鈴の子供らしい時間を奪っている今の母さんの事を、少なからず憎く思っている部分があった。けれども、彼女に愛情を持って育てられた幼少の頃の記憶が、それを否定しもするのだ。観鈴の仕事がない時は、母さんは僕たちに料理を作ってくれたりする。家の事にあまり患いたくない父と違って、彼女は誰が言わなくても家の中で自分に求められていることをしていた。
 そんな母さんが、何かやりがいのある仕事をしたいというのなら、家族として協力してあげたい。実はそういう気持ちも、心のどこかにはあるんだ。彼女ばかりが家族の為に、自分のやりたいことを我慢しなければならない、そんなルールなんてないだろう。ただ、母を支えるのに、僕達子供はあまりにも非力で、まだ、不満の一つも溢さずにいることなどできないのだ。
「母さんのことは嫌いじゃないよ。あの人にも優しい所はあるからさ」
「……うそなのでぅ。マァマはちっともみすじゅにはやさしくないのでぅ」
「仕事をしてるんだから、それは少しは厳しくもなるよ。けど、なんだかんだで、あの人はあの人なりに、観鈴の事を考えてくれてるよ」
 別にとってつけたような話はない。観鈴が熱を出した時に寝なないでその看病をしただとか、そういう感動する類の話は、なに一つだってない。
 当たり前じゃないか、確かに観鈴は有名人だが、テレビの中の住人だが、それでも、ただの人間だ。ただの家族だ。そんな家族に愛を試される試練の場面が、ドラマか映画の様に簡単に振ってくる訳などないのだ。
 だから、ただ、彼女が僕達の世話を文句を言わずにしてくれている。仕事をしていて忙しい中でも、時間があれば僕達のことを構ってくれる。それだけで、彼女が僕達を愛してくれていると信じる理由には、十分だろう。
「しんじられにゃい、のでぅ。マァマがやしゃしいなんて」
観鈴もその内分かるさ。けど、今の仕事が辛いっていう観鈴の気持ちも、お兄ちゃんは分かるよ。観鈴はよく頑張ってる、えらい、えらい」
 頭を撫でれば、信じられないという具合に憮然としていた観鈴の顔が嬉しそうに歪む。どうやら、本当に欲しかった答えは、これなのだろう。
 ねぇ、観鈴、もう止めるって言ってたけど、本当に止めるの。眠たそうに欠伸をする腕の中の妹に尋ねると、彼女は微かに首を横に振った。