「僕の幸せな幸せな子供時代、そのじゅうよん」


 ティディベアの代わりに僕に抱き着いて、観鈴は目を瞑った。彼女が眠ったのを見計らって、両親の寝室に彼女を運ばなくてはいけない僕は、眠りたいのを少し我慢して、彼女の寝顔を眺めていた。流石は子役として起用されるだけあって、観鈴の寝顔はまるで天使の様だった。二歳で充分にこの魅力なのだから、小学校、中学校、高校、大学生、大人になるにつれて、どんな風に成長していくのか、ファンではないが僕もその成長が気になった。
「ねぇ、にいちゃぁ、起きてりゅ?」
 観鈴が目を瞑ったままだったのと、寝ぼけていたおかげで、彼女が僕に語りかけたのに気付くのに時間がかかった。僕の肩を強く揺する感覚がして、僕は初めて観鈴が起きていることに気付いた。なんだい、と、僕は観鈴の頭を撫でる。すると、観鈴は目を閉じたまま、くすぐったそうな顔をした。
「あのね、あのにぇ、マァマのね、ことをね、質問しても、いい?」
 聞かれても僕に答えられることなどそんなにないが。かれこれ十五年くらい母さんとは一緒に居るが、余り僕は彼女のことについて、父からも母からも聞いたことは少ない。いや、昔話程度の事は聞かされるが、それも全て断片的なことばかり。彼女がどこで育ったのかや、小学校の時にどんな科目が得意だったのか、大学は何処を出ているとか、そういう独立している知識しか持ち合わせていなかった。もちろん、それは父も同じことだったが。
 正直な所、僕に聞くより、父さんか母さんに直接聞いた方が、彼女の望む答えが返ってくる可能性は高いだろう。しかし、なんと言っても彼女と母さんは、さっき盛大に口喧嘩をしたばかりだ、そんなことは聞けいる状態ではない。彼女の兄としてそこの所の事情は汲んでやるべきだと、僕は思った。
「母さんの? 別に構わないけれど、何を聞きたいんだい」
 僕の返事を聞いて、観鈴は目を開くと、えくぼを作って喜んだ。
「あのね、あのねぇ、にいちゃは、マァマのこと、好き? にぃちゃぁは、マァマのこと、どう思っちぇる?」
 えっ、と、僕は一瞬、観鈴の質問の意味を考えて戸惑った。そして、なるほど、確かにそれもマァマについての質問だなと、納得したのだが、はてそれはそれとして、どう答えてあげるべきなのか、どうにも言葉に困った。
 おそらく観鈴としては、先刻の様子からして、母に対してあまり良い感情を抱いていないのだろう。それを僕の母に対する感情と突き合わせて、母に非があるという事を認めたいのかもしれない。だとしたら、なんとも末恐ろしい子供だ。ある意味で、あの独善的な母さんの娘らしいとも言える。
 どう答えてあげるのが彼女にとって良いのか。思いあぐねいた僕は、結局は、僕が母に関して感じていることを素直に語ることにした。
「母さんは、僕から見ても自分勝手だとは思うね。観鈴の為とは言っているけど、実際、自分が外に出て働く口実にしてるようなものだ。付き合わされる方としては、たまった物じゃないよ、と、お前を見てて思うよ」
「そう、なのでぅ。たまったものりゃないのでぅ。マァマは勝手なのでぅ」
 どうやら、僕が出した答えは彼女の期待するものだったらしかった。