「僕の幸せな幸せな子供時代、そのじゅうさん」


 どうやら観鈴は父母の寝室に逃げ込んだらしい。はからずとも、母の言うとおりに眠ることになったのを、喜ぶべきかそれとも憐れむべきか。口では生意気な事を言いながらも、優しい観鈴の事だ。自分の発言によって、母親が予想以上に怒ったのを見て、悪い事をしたと感じたのかもしれない。別に何も悪い事などはない。幼い娘に自分の理想を押し付ける、母さんの方がどうかしているというのに。早晩、観鈴がぐれてしまわないか、僕は心配だ。
 パソコンを立ち上げて日課の日記をつける。自然と母に対する愚痴が多くなるのは仕方なかった。昔はこんなことは無かったのにと、自己嫌悪しながらも、他に書くこともなくそのままホームページにアップロードする。今日もまた、閲覧者は殆どいない。諦めたように溜息を吐くと、まだ眠気がないことを確認した僕は、お気に入りから行きつけの掲示板を選択すると、ズボンをずり降ろした。その、つまり、ここはそういう掲示板だ。ここには、僕の甘酸っぱい青春の中でどうしても補えない物が、顔の見えぬ者達の手により、惜しげもなく公開されている場所だった。僕は時々、子供が世界に生きる孤独を感じて親の温もりを求める様に、耐えがたい一人の孤独を必死に埋め立てようと、この掲示板に貼り付けられている画像を求めた。そして、想像の中で、僕はその画像の先にある世界や、至るまでの経緯を想像し、そして果てるのだ。指の節の溝に溜まった白くねばつく汁を眺める度、僕は酷く落胆して自分はなんて下劣な人間なのだろうと、死にたい気分になった。それでも、数日が経過するとそんな罪悪感などすっかりと忘れて、ティッシュペーパーをモニタの前に引き寄せて、この行為に及んでしまうのだった。
 自分の半身を握り、扱き、あと少しで果てようかという頃合いだった。不意に僕の部屋の扉のノックが鳴った。こんなタイミングで、とんだ邪魔をしてくれるね。僕は怒張した下半身の突起物に、ズボンを無理やりかぶせる。そして、PCのモニタの電源を落とすと、はい、と、返事をした。
「にぃちゃ、あの、あのね、いっしょにねてもいい?」
 ゆっくりと開いた扉から出てきたのは、ピンク色のパジャマに着替え、自分の身の丈くらいある兎の人形を抱えた観鈴だった。何故だろうか、その宝石の様に綺麗に輝いている彼女の瞳が、少しだけ湿っているように見えた。
「どうした、観鈴? 怖い夢でも見たのか?」
「うぅん、みてないよぉ。それに、みしゅじゅ、そんにゃこわがりさんじゃないのでぅ。ただにぇ、ちょっちょね、ひとりだと、ねれにゃいのでぅ」
 それは要するに、一人で寝るのが怖いということではないのだろうか。やれやれ、まったく世話のかかる妹だ。行為を途中で終わらすのは少なからず心苦しかったが、妹に頼られては仕方ない。僕は、マウスパッドに折りたたんで置いておいたティッシュペーパーで手を拭うと、おいで、と、観鈴に向かって手を差し伸べた。すると、観鈴は嬉しそうな顔をして、とてとてと床を踏み鳴らして僕の方へとやってきて、兎を握ったまま僕に飛びついた。
 そのままベッドに入る僕と観鈴。彼女は正面から僕に抱き着くと、ぎゅっと体を絞めつける。あぁ、こんな画像もあったなと僕の獣が少しうずいた。