「僕の幸せな幸せな子供時代、そのじゅういち」


 コロ太をちゃんと飼うと決めた日の夜、僕は早速、詩瑠には内緒で父さんに事の次第を相談した。自分で言い出したことなのだから、自分で言わせてあげた方が良いとも思ったが、どうにも、父は最近土日も忙しく会社に出ていて、夜遅くしか会う機会がない。多少過保護かとも思ったが、このくらいの事はしてやっても良いだろう。詩瑠が犬を飼いたいと思っている事、その世話を父さんや母さんに隠れて、すでに一か月ほど続けていること。僕から見ても詩瑠はよく世話をしているので、きっと飼っても大丈夫だろうと、僕はテレビでニュース番組を見ながら、遅い夕食を食べる父さんに語った。
 詩瑠が飼いたいというのなら、詩瑠の好きなようにさせてやれ。と、ビールを片手に父さんは言った。ただしと、突然その言葉の後ろに付け加えて、僕の方に端を向けると、詩瑠だけでは大変だろうから、お前もしっかりとサポートしてやれと言って、父さんはグラスのビールを飲み干した。もちろんそのつもりだと僕が答えると、なんの感慨もなさそうにそうかと彼は呟く。なんとなく父さんが了承するのは予想できたが、あまりにもあっけなくて、少し拍子が抜けた。最終的には飼うのを許してくれるにしても、もう少し、本当に詩瑠は飼う気があるのかとか、食費はどうするつもりなんだとか、聞いてくると思っていたのに。これなら、変に隠し立てることもせず、詩瑠がコロ太を家に連れてきた日にでも、早速話をしておくべきだった。
「詩瑠はもう寝てるのか?」
「うん。犬の世話で最近は忙しいからね。散歩するから朝も早いし、色々と疲れてるのかして、最近は前よりも早く寝るようになったね」
「そうか。まぁ、この時間だからな、仕方ないか」
 大切な話である、詩瑠から直接話を聞いておきたい。僕と同じく父さんもそう思ったのだろう。しかし、父さんも良い大人だ、自分の仕事の関係や詩瑠の睡眠事情を考慮して、そこは大人しく諦めた。今度また落ち着いた時にでも、その犬と一緒に話を聞くとしよう。そう言って父はビールを飲んだ。
「仕事、大変そうだね」
「大変でなくては、仕事をやる価値なんてない」
 自分の仕事に誇りを持っている父らしい言葉だった。どうやら、今日は気分が良いらしい。グラスにビールを注ごうとした父は、缶の中身がない事を知って不機嫌に顔をしかめる。冷蔵庫からもう一本持ってこようかと僕が言うと、頼む、とまたぶっきらぼうに呟いて、父はテレビの方を向いた。
 その時、玄関の方から錠の開く音がした。続いて閉まる音と共に、せわしなく板張りの床を駆ける足音が聞こえてくる。足音の間隔が短い。
「ただいまぁっ! ぱぁぱぁ、にいちゃぁ、ねぇちゃぁ」
 リビングの扉についていたドアノブが激しく揺れて、それは部屋の中へと飛び込んできた。僕の膝程度の身長で、赤い玉のついたゴムでツインテールを結び、ひらひらのスカートを穿いた彼女は、僕のもう一人の妹、観鈴だ。
 椅子に座っている父の膝の上に上り込み、えへへと無邪気に笑う観鈴。彼女が来たという事はと、僕たちはリビングの入り口に再び視線を向けた。