「僕の幸せな幸せな子供時代、そのじゅう」


 子犬の入った段ボールを前かごに載せて、後ろに詩瑠を載せて、僕は家まで自転車を漕いだ。家に着き、自転車を倉庫に入れると、とりあえず、親に内緒でコロ太を一か月買う事にした我々は、段ボールを抱えて詩瑠の部屋へと向かう。可愛らしいベッドの一角に段ボールを降ろすと、詩瑠はさっそく中から犬を拾い上げて、胸に抱えるとそのままベッドの上で寝そべった。
「さぁ、コロ太、今日からここがお前の家よ。よかったね」
「こらこら、そういうことする前に、まずは体を洗ってあげろよ」
 詩瑠は犬にコロ太という名前を付けた。小さくてコロコロしているから、コロ太。実に分かりやすいネーミングだったが、将来、コロ太がそこそこ大きく成長するのは、毛並みや体格からして分かった。チワワやトイプードルの類ではない。コロ太は割としっかりとした、柴犬だとかゴールデンレトリバーだとか、足の長い犬の部類に入っているようだった。といっても、結局は僕の素人見立てだ。恐らくは雑種なのだろう、もしかすると混血の結果から、詩瑠の望むように、コロ太は何年経っても成長しないかもしれない。
 詩瑠はコロ太の世話を真面目にした。寝坊助の癖に朝は今までより一時間早く起きる様にして、夕方は学校からそのまま公園へ向かわず一旦家に帰って、コロ太を連れて散歩をするようになった。きっとそんな生活は三日も持たないだろうと思っていたが、詩瑠は一週間、二週間とそれを休みなく続けて、一か月を過ぎた時点で、二回用事で行けなかったことを除けば、毎日彼女はコロ太を散歩に連れて行った。餌に関しても、ペットフードを買う余裕はないから、と、家の冷蔵庫の残り物などを食べやすいように調理して、詩瑠はコロ太に与えた。といっても、料理下手であるから、レンジで温めるだとか、混ぜ合わせるだとか、そういう簡単なことだったが。それでも、そんな詩瑠の行動は、コロ太を飼う事に反対だった僕の意識を変えさせた。
「詩瑠。一か月の間、よく頑張ったな。この調子なら、ちゃんと世話はしていけるだろう。そうだな、父さんに、一度コロ太について話をしてみよう」
「お父さんに。大丈夫かなぁ。お父さん、あんまり動物好きじゃないし」
 そんなことは無い。父は、母が動物が苦手なのに合わせているだけで、根は動物好きだ。昔はよく、母が出かけた休日に動物園に連れてもらったし、家の近くの野良猫を捕まえて、そのあやし方を教えてもらったりした。お父さんに犬を飼いたいと言えば、きっと、無言で頷いてくれることだろう。
 むしろ、問題があるとするなら母さんの方だ。彼女は生粋の動物嫌いで、猫やら鳥やらが居ればそこをよけて通る様な人だった。彼女のおかげで、前に僕が犬を飼うのは大変だった。彼女はどんなことがあっても動物の世話はしない、なので、それこそ詩瑠と同じように、物心ついたころには自分で動物の世話をしなくてはいけないような、そんな毎日を僕は送らされた。
 閑話休題。それでも父の了解さえちゃんと取り付けることができれば、母は折れてくれるだろう。僕達子供には厳しくても、母は父には甘い。
「大丈夫。なんとかなるよ。僕もコロ太が飼えるよう、手を尽くすから」
 そう言って、僕は不安そうにしている詩瑠の頭を優しく撫でた。