「僕の幸せな幸せな子供時代、そのご」


「ねぇ、お兄ちゃん。ちょっと、相談があるんだけれど」
 手のひら大のハンバーグを食べ終わり、ニンジンのソテーを箸でつついて転がしながら、詩瑠は小さな声で言った。何か思いつめたよな、それでいて真剣な感じのするその声に、僕はお茶碗から箸を離し詩瑠に視線を向けた。
「なんだいそんな改まって。なにか欲しい物でもあるのかい」
 続けて買ってあげるよと言ってあげたいところだけれど、中学生でまだバイトができない僕には、自分の趣味を満足させるお金くらいしか持ち合わせはない。少額の物なら買ってあげられないこともないが、詩瑠もお小遣いは貰っているのだ、僕がそこで買ってしてしまうと、せっかくの金銭感覚を養う機会が無駄になってしまう。だから、聞いてみたは良い物の、もし詩瑠が僕に何かをねだるようなら、兄として、一番身近な保護者として、僕は彼女に、駄目だ、自分でなんとかしなさい、と突っぱねるつもりだった。
 俯いて僕から顔を逸らしていた詩瑠は、一度、僕の顔色を伺うように目を動かすと、また皿の上のにんじんのソテーに視線を落とす。
「あのね、お兄ちゃん、私ね、動物が、飼いたいの、飼ってみたいの」
 なるほど、動物か。確かにそれは詩瑠の一存だけでは飼う事を決められないし、動物によっては買う事も出来ないだろう。もっと単純に、欲しい漫画があるのだとあ、おもちゃが欲しいだの言うだろうと思っていた僕は、少し驚いた。そして同時に、いったい詩瑠がどんな動物を飼いたいと思っているのかが気になった。金魚だろうか、亀だろうか。今流行のハムスターか。
「動物か。まぁ、飼う動物によるかな。詩瑠は何を飼ってみたいんだ?」
「えっとね、犬をね、飼ってみたいの」
「犬、かい? なんでまた」
「今日ね学校にね、子犬が段ボールに入れられて捨てられてたの。三匹いるんだけどね、一番小さいわんちゃんが、まだ誰も貰い手が見つからないの」
 なるほどね。それで可哀想だから、うちで飼ってあげたいということだろうか。実に優しい詩瑠らしい発想である。しかし、幼い発想でもある。
「詩瑠、飼いたいって簡単に言うけれど、生き物を飼うってのは難しいんだよ。お兄ちゃんも昔、犬は飼ったことがあるけど、餌とか散歩とか大変だったよ。そういうの、ちゃんとする覚悟が詩瑠にはあるのかい?」
「あるよ、大丈夫だよ。私、生き物係でうさぎさんの世話もしてるし、うさぎ小屋の掃除もしてるもん。大丈夫、犬だって飼えるよ」
 随分と強気に言い切ってくれる。まぁ、妹というひいき目を差し引いてみても、詩瑠は歳の割にはしっかりしていた。お前には無理だから今回はあきらめなさいと押し切るのは、ちょっとできそうにない。
 僕としてもまた犬は飼いたいのだが、父や母の了承なしに勝手に飼う事はできはしない。そして、父や母に相談すれば、家族が増え家計が厳しくなりつつある今、渋い顔をするのは、なんとなく想像に難しくなかった。
「とりあえず暫く待とう。明日、引き取り手が現れるかもしれないしさ」
 それは、そうかもしれないけど、と、詩瑠は俯いて残念そうに呟いた。