「僕の幸せな幸せな子供時代、そのよん」


 詩瑠とリビングで別れ、僕は自分の部屋に戻ると、制服とカッターシャツを脱いで、体育で使っているジャージに着替えた。そして急いで詩瑠の待っているリビングへと戻る。詩瑠はソファーに俯せになり、テレビをつけて夕方の教育番組を見ていた。とりわけ、詩瑠はハッチポッチステーションが好きで。よくグッチ祐三の洋楽替え歌を恥ずかしげもなく口ずさんでいた。
 夢中で番組を見ている詩瑠をそのままにして、僕はキッチンへと向かうと冷蔵庫の扉を開けた。チルド室の中に、先日スーパーで買ってきた、挽肉のパックがある。ちょうど小さなハンバーグなら三人分くらいは作れる量だろう。ピーマンの肉詰めなら、その倍はできるかもしれない。
「詩瑠、ハンバーグとピーマンの肉詰め、どっちが食べたいんだ」
「ハンバーグ! 目玉焼きも載せてくれるとうれしいなぁ!」
「贅沢な奴だな。目玉焼きは黄身が半熟の奴で良いか?」
「わぁっ、作ってくれるの!? やったぁ、ありがとうお兄ちゃん!!」
 卵焼きの一個くらい一緒に焼くのはわけない。むしろハンバーグをどう作るかのほうが僕にとっては難しそうだ。昔、ミーちゃんが産まれる前に、母さんと一緒にハンバーグを作った思い出はあるが、なにをどうするのだったか。たしか挽肉にパン粉と玉ねぎを混ぜて、丸めて焼くのだったかな。材料的に、もう少し何か入れたような気がするが。昔作った時は、母さんが下ごしらえで全部してくれて、僕は焼くだけだったから、よく覚えていない。
 まぁ、料理の本を見て適当にやるか。炊飯ジャーの乗っかった台車の下。棚になった部分に無造作に積まれている料理本の中から、僕は比較的新しい本を引き出した。フライパンで作る絶品お夕飯と書かれた本をめくると、案の定、本の最初の方にハンバーグの造り方が載っていた。僕はこれをキッチンのまな板の前まで持っていくと、まな板の横に開く。そして、食洗機から何個かコップを取り出し、ハンバーグの載っているページがとじぬように重し代わりに載せた。さて、まずは、何をすればいいのだろうかね。
「お兄ちゃん、なにか、私、手伝う事とかある? ねぇ、ある?」
「ないよ、大丈夫。夕飯はお兄ちゃんが全部作っちゃうから。詩瑠はテレビでも見て、大人しく料理が出来上がるのを待っていなさい」
 はぁいとなんだかつまらなさそうな声色で詩瑠は返事をした。気持ちはありがたいのだけれども、詩瑠の料理のできなさ具合を知っている僕には、とても手伝ってとは言う気になれないのだった。彼女が料理を作ると、たいてい調理器具が食器が一つ以上壊れるのだ。また、料理も焦げが多かったり、生焼けだったりと、酷い状態の物が多い。どうもまだ、段取りをするのが上手くないのだ。もっともそんなのは訓練しない事には上達しないのだが、平日では後片付けが大変だ。休日の時間の有るときにそういうことはしよう。
「お兄ちゃん、美味しい美味しいハンバーグを作ってね、期待してるよ」
「心配しなくても愛情も美味しさも満点のハンバーグを作ってあげるよ」
 ただし、ハンバーグだけだと栄養偏るから、ポテトとにんじんも食べようねというと、えぇ、と、詩瑠は嫌そうな悲鳴を小さくあげた。