「僕の幸せな幸せな子供時代、そのに」


 小学生では簡単に思えたテストが中学生になると煩わしくてしかたない。これがあと三年、場合によってはもうあと四年続くのかと思うと、僕は人生という物にマゾヒズムしか感じられない。進路希望調査票と銘打たれたプリントが、最も簡単な集団作業によって教室の机にいきわたる中、僕はを夕暮れに染まった窓の外を眺めてため息を吐いた。学力に見合った高校に入るだろうさ。僕の様な勉強も運動も駄目な奴は、せいぜい行けて良い所工業高校だろうね。そして、卒業したらすぐに工場勤務だ。良いじゃないか。それくらいで充分だ。父さんも工業高校卒だが、俺たち家族四人を不自由なくちゃんと養ってくれている。将来、僕が結婚するかどうかは分からないけれど、きっとなんとかなるだろう。ジョンは病気になって居なくなったけれど、そのくらいの不幸はしかたない。幸せに生きていてもやって来るものだ。
 来週までに進路希望をプリントに書いて提出するように。教壇の前で波多野先生が僕たちに言った。クラスの何人が、この気の弱くて人の良い家庭科を教えてる僕らの担任の話を聞いていただろうか。ざわざわと騒がしいクラスの空気に、君たちの将来を決める事なのだからもっと真剣に聞きなさい、と、彼女が怒る気持ちも分かった。そんな感じで放課後のホームルームを終えた僕は、他のクラスに居る仲の良い友達と連れ立って、いつものように自転車に乗り僕は自宅へと帰る。小学校の頃からの友人達と、昨日の夜のバラエティ番組の話や、今週のジャンプの話をしている内に時間は過ぎ、すぐに僕は友人たちと別れる交差点に差し掛かる。交差点の一角に置かれた大きな石に足を置き、僕は、それじゃぁまた明日と友人達に言って、家の方へと向かう。そして、ゆっくりとしたスピードでペダルを漕ぎ、町内をぐるりと一周してから、僕はまたこの交差点に戻ってくるのだ。そして、家のある方向とは別の方向、友人達が消えた路地へと自転車のハンドルをきる。
 友人や同級生に見つからないようにこっそりと、僕は自転車を漕ぎ進めると、昔通っていた小学校の近くにある公園へとたどり着く。人気の少ない公園を見渡すと、決まって、ブランコがゆっくりと揺れているのが目に付く。小学校高学年に上がったばかりという感じの、黒髪をした背の低い少女がブランコに乗って遊んで居る。僕は自転車を降りると、ゆっくりと音をたてないようにそれを引いて、忍び足で彼女に気付かれないように近づくのだけれど、必ず途中で彼女は僕の事に気が付いて、ブランコを飛び下りると、五十メートル走でもしているみたいに元気よく僕に駆け寄ってくる。
 そして、自転車を引いていているおかげで無防備になっている僕の体に、容赦なくタックルをくらわし、真夏のヒマワリの様な笑顔を見せるのだ。
「おかえりなさい、お兄ちゃん」
「ただいま、詩瑠。さ、帰ろうか。今日の夕飯は何が良いかな?」
「えっとね、えっとね、私はね、ハンバーグが良いな。ハンバーグ。ピーマンに詰まってる奴でも良いよ。お兄ちゃん、作れる?」
 まぁ、なんとか作れるんじゃないかな、と、僕は無邪気にはしゃぐ妹に微笑み返した。手間はかかるけど、それで彼女の機嫌を買えるなら安い物だ。