「御影詩瑠の言分」


「私は、私は、お姉ちゃんさんが、今のお姉ちゃんさんが好きなのです。白いお姉ちゃんさんの事を、私は知らないのです。知らない人なのです。だから、お姉ちゃんさんを離してください。今のお姉ちゃんさんに、どんな恨みがあるのか知らないけど、か、可哀想なのです、やめてあげてください」
「そっか、ミーちゃんはまだ小さかったらお姉ちゃんさんの事。覚えてないわよね。それは、こっちの泥棒猫の肩を持つのも仕方のないことかしら」
 魂の抜けた様な目で観鈴に微笑む詩瑠。なぜだろうか、その表情に俺は背筋が凍るようなそんな感触を覚えた。彼女にこれ以上喋らせてはいけない。なにか、俺たちが必死になって取り戻してきた絆の様な物を、詩瑠は壊そうと企んでいる。そう俺の直感が告げた時には、もう何をしても遅かった。
「けど、知っているのよミーちゃん。今のお姉ちゃんさんの事、ミーちゃんは大嫌いなのよね。仲良く仲良くしてるけど、本当は、死んじゃえって思ってるんだって、本当のお姉ちゃんは知ってるんだから。だって、そうよね、大切なお兄ちゃんの心の中にいつまでも巣食ってる、こいつは寄生虫。お姉ちゃんさんが居なくなって一か月が経ったあの夜。お兄ちゃんにされたことも、お兄ちゃんが貴方を居なくなったお姉ちゃんさんの代わりにしか見てくれなかったことも、全部全部、この女の我儘のせいなんだから。本当、嫌な女よね。周りの迷惑ってものを考えないのだから。ねぇ、ミーちゃん」
「ち、違うのです!! 私は、お姉ちゃんさんの事を恨んでなんか居ないのです。何の事を言ってるのですか!! お姉ちゃんさんはずっと私たちの家に居たのです!! 変な言いがかりはよして欲しいのです!!」
「居なかったわよ。この女は、一度貴方達の前から居なくなったの。自分の勝手な我儘でね。私の代わりを演じるのに飽きて、別の場所に行ってしまったのよ。ミーちゃん、思い出して、あの夜、お兄ちゃんは、貴方にお姉ちゃんさんの服を着せたわね。そして、あろうことか、お兄ちゃんは、私の名前を呼んだのよ。そう、お兄ちゃんはね、ミーちゃんも私も要らないの。ただ必要なのは、生きている詩瑠なの。生きている私なのよ。死んだ私も、詩瑠の妹のミーちゃんも、お兄ちゃんは必要としていない。それを知ったから、お兄ちゃんを家から追い出したんでしょう。お兄ちゃんをお兄ちゃんさんって呼んだんでしょう。ミーちゃん嫌いな人をさん付けして呼ぶものね」
「違う、違う、違うのです!! そんなの、そんなの知らないのです!! お姉ちゃんさんもお兄ちゃんも、私は、私は、嫌ってなんかいないのです。本当なのです、本当に本当に、そんな事思ってないのです……」
 病室の床に膝をついて観鈴が頭を抱えた。激しく左右に首を振り、必死に否定するが、俺はそれが真実である事を知っていた。思い出していた。
 俺と観鈴の間にあった、不可思議な亀裂の原因。味噌舐め星人が戻ってきたことにより、なかったことにされたもう一つの記憶。
「そうだ、全て味噌舐め星人、この女の勝手で俺たち家族は弄ばれた。しかし、そのおかげで救われたこともある。現に今、お前が現れるまで、俺たちは本当の家族になれてた。お前の死を乗り越えて、幸せに近づいてたんだ」