「惨劇の終幕と喜劇の始まり」


「それが許せないのよ!! 私を置いてきぼりにして、幸せになんてならないで!! この子が居なければ幸せになれなかったの!? 私が死んでいたままだと不幸だったの!? 私が、私が死んだから貴方達は不幸なの!? 気持ちは分かるだなんて都合の良いこと言って、結局、それじゃない!! 私だけが不幸になればいいって思ってるのねっ!! そんなの、そんなの嫌よ、そんなの許さない!! 家族なら家族の不幸を受け止めなさいよ!!」
「そこまでにするっす腐れ外道ぉ。先輩に手を出すなって言ったはずっす」
 いつか聞いた間の抜けた声がする。咄嗟に思い出せなかったが、それは観鈴の後輩であるアイドル、ビネガーちゃんの声だった。どうしてここに居ない彼女の声がするのだろうか、なんて疑問に思ったのもつかの間、味噌舐め星人の首を絞める詩瑠の手が木端微塵に吹き飛んだ。突然の惨状に目を剥いて驚く詩瑠。吹き飛んだ傷口からみるみると風化していくのを確認すると、狂気に歪んでいたその顔を今度は恐怖に青ざめさせたのだった。
「ふぃい、除霊とか正直あっしの専門分野じゃねぇっすから、上手く行くか微妙なとこだったんすけど、なんとかなりやしたね。やれやれ、念のためのお守りにと折り紙式神をミリンちゃん先輩に渡しといて正解だったっす」
 今度は病室の入り口からビネガーちゃんの声が聞こえてくるのか俺にもわかった。扉の陰から微妙に時期はずれなサンタ服を着たビネガーちゃんが、いつになく真剣な顔つきで現れる。手には霊験あらたかそうなお札が二枚。すかさず彼女はそれを詩瑠に投げつける。御札をかわそうとのけ反り、俺の方へと飛びのいた詩瑠に、ビネガーちゃんは肉薄すると頭を鷲掴みにした。
 苦悶の表情に脂汗をにじませてビネガーちゃんを睨み付ける詩瑠。形勢逆転とはまさにこの事か。敗色濃厚どころかこのまま消えてしまいそうな詩瑠が哀れに思えて、まってくれ、そいつも俺の大切な家族なんだと、俺はビネガーちゃんを静止した。しかし、聞く耳持たず、彼女は詩瑠の頭を鷲掴みにして持ち上げると、空いた方の手で俺の頭上にある窓を開いたのだった。
「おい、止めろよ、お前。俺の妹に何をするんだ、助けて貰ったのは感謝する。けど、もう止めてやってくれ。彼女にも怒るに足る理由はあるんだ」
「できねぇ相談でやんすね。ヘタレお兄ちゃんさん。てめぇらの妹かどうか知りませんが、死んじまったもんは死んじまったもん、危害を加えるもんは危害を加えるもんです。情に流されて放置しといて良い事なんてなにもありやしませんよ。現にこいつは、まったくアンタたちのいう事を聞きやしねえじゃねぇですか。そんな奴に情けをかけるだけ無駄ってもんです」
 窓から離した手で手招きをすると、観鈴の鞄の中から仰々しい御幣が飛び出し、彼女の手の中に納まった。詩瑠に近づければ焦げる音と共にみるみる体が風化していく。先ほど詩瑠の手首を吹き飛ばしたのもこいつの仕業か。
「相手が私でよかったっすね、苦しめずに楽にしてやるっすよ」
 そう言って、邪悪な笑みをビネガーちゃんが浮かべたその時、危ない、という声と共に二つの影が、彼女の背中から窓の外へと飛び出して行った。
 影の一つは牙をむき出した白い獣。もう一つは獣を抑え込む黒髪の……。