「御園詩瑠の復讐」


「どうした、何をしているんだ……。お前、こんな所でこんな時間に、安静にしてなくちゃいかんだろう。入院費だって馬鹿にならんのだぞ」
「親父……。くそっ、また五月蠅いのが増えた。そんなのは、言われなくても分かってるんだよ。今はそんな事言ってる場合じゃない。それより、早く俺の病室に迎え。お前らの大切な娘がどうなっても知らないぞ!?」
 どういう意味だと訊き返す親父と母さんを無視して、俺は歩き出した。病院の庭から見上げた俺の部屋には、今の所異変らしい異変はない。何か事が起こる前に急がなければ。詩瑠が味噌舐め星人に危害を加えてしまう前に。
 詩瑠の悲しみは理解できた。自分という存在を奪われて、居るのに居ない事にされた人間の悲しみはいかばかりだろうか。その悲しみを知ることはできても、推し量ることは、深すぎてできない。その悲しみを怨嗟に変えて、自らの存在を奪いのうのうと生きている味噌舐め星人に向けるのも、分からないではない。けれども、味噌舐め星人だけが全て悪いのだろうか。コロ太の様に、詩瑠の存在に気づいてやれなかった、俺たちにも問題があったのではないだろうか。詩瑠の死を認められず、味噌舐め星人の登場を受け入れてしまった、心の弱い俺たちこそ、真に責められるべきではないのか。
 今、感情に任せて味噌舐め星人を傷つける事に意味があるとは思えない。だから詩瑠。早まるな。そんな事をしても結局最後には空しくなるだけだ。
 とうの昔に面会時間は過ぎており、病院正面の自動ドアは閉まり、出入りは不可能になっている。非常口に回り込んで、病院の中へと入ると、誰も居ないエレベーターに俺たちは乗り込んだ。移動しながら、俺はこれまでの経緯、つまり、俺たちの大切な家族、御園詩瑠は既に死んでおり、今、俺たちが妹だと思って居る人物は味噌舐め星人という異星人であること、そして、本物の詩瑠が存在を乗っ取られた事を恨み彼女をどうにかしようとしていることを告げた。もちろん、そんなバカバカしい話を信じるはずがない。ただでさえ勘当されている身であり、また病院で入院している身である。疲れて妙な夢でも見たのだろうと、二人は頑なに娘の死を俺の妄想と否定した。
 しかし、実際に俺の病室で、二人の詩瑠を目にしてしまえば、話は変わってくる。同じ顔に同じ声、ただ髪の色だけが違う。黒髪と白髪の詩瑠が、病室の中で組み合っていた。下になっていたのは、黒髪、味噌舐め星人だ。
「あら、ちょうど良い所にお父さんたちを連れてきてくれたのね。お兄ちゃん、ありがとう、これでわざわざ出向いて説明する手間が省けたわ」
「そうだな、そのご褒美と言っちゃなんだが、そいつから離れてやってくれるか詩瑠。俺は兄として、お前も、そいつも、傷つけたくはないんでね」
「お兄ちゃん、これはいったいどういうことなのです。お姉ちゃんさんが、お姉ちゃんさんが二人も居るなんて。おかしいのです、変なのです、だってだって、私のお姉ちゃんさんは、一人だけのはずなのに……」
「そうよミーちゃん。お姉ちゃんは一人だけ。だから、私か、こいつの、どちらかが偽物って事になるわね。ふふっ、そして偽物は、要らないわよね」
 やめろと俺が吠えるより早く、詩瑠は味噌舐め星人の首を絞め上げた。