「塩吹きババアの奇襲」


 せっかく帰って来たというのに、また出かけるのは癪に触ったが、それでも出かけない事には彼女たちの機嫌も直りそうになかったので、俺はしかたなく病室から出るとコンビニへと向かった。再びエレベーターに乗れば、またあの夕闇の少女の事を、思い出す。しかし、世界はすっかりと夕闇を脱して暗闇に染まっている。今、彼女に会いに行ったところで、会えるかどうかは分からないだろう。そんなことを思いながら、俺は、彼女と出会ったあの病室とは別方向に下っていく、エレベーターへと乗り込んだ。
 夜中に乗る無人のエレベーターの堅苦しさと言ったらない。機械音と電子音声だけの空間に居ると、まるでホラー映画の世界に無理やりぶち込まれたような、そんな気分になる。早く、下の階に着かないだろうか。あぁ、早く人の声が聴きたいと思った時だ、ふと、聞き覚えのある声が後ろからした。
「なんじゃ、お主の様な若者が、こんな死に体の集まる所になんの用じゃ」
 振り返ると、そこにはホラー映画の主役級、塩吹きババアが天井の辺りに浮いていた。相変わらず月の様に真っ白な彼女の体は、蛍光灯に照らされてますます白く、見ていて少し眩しかった。よう、なんだよ、お前、暫く見ないなと思ったら、こんな所に居たのか。何してるんだ。まさか、死んだ人間の魂を食っているとか、そういうんじゃないだろうな、この妖怪ババア。
「何を失礼な。そんな下種たマネをする程落ちぶれてはおらんわ。なに、ここの地下にある一室から出て行く人間をつけるとな、必ず塩にありつけるのでな。こうして、定期的に顔を出して人が居ないかチェックしとるんじゃ。なにせこのご時世、塩を買おうにも中々大変だからのう、節約せねば」
 人の魂を食うより性質悪いんじゃないのか。というか、追い払われろよこの変態妖怪め。清めの塩を集めて再利用って、せこい、せこすぎる。なにより、一度使われたら塩のご利益も半減しそうだ、そんなのを金を出して買ったのだと思うと、なんだか情けなくなる。たかだか数円の話だけれども。
「なんじゃ、何をそんな浮かない顔をしておる。ほれ、降りんのか?」
 は、なんだよ、と、声をかけた時、ちょうど俺の目の前のエレベーターの扉が閉まった。表示はコンビニのある二階。あっと、言っている間に、上への移動が始まる。なんということだ、塩吹きババアの登場に気を取られているうちに、エレベーターから降りそびれてしまった。急いで緑色の開くボタンを押しても時すでに遅し、エレベーターは上へと昇りはじめていた。
 あぁ、どうしたものか。すぐにエレベーターから降りれば、そこはまだ三階。階段ひとつ下りれば、コンビニはすぐだ。しかし、ここで俺が下りてしまえば、このエレベーターを呼んだ、上の階の人間を待たせる事になってしまう。俺の都合で待たせてしまうというのも、なんだか気が引ける話だ。
「ほれ、ぼさっとしておるから、降り損ねてしまった。どうするんじゃ?」
 仕方ない。二度手間にはなるが、お呼びの階までお付き合いするよと、俺は二階のボタンを押した。表示は既に五階を示している。いったい、何階まで昇るのか。俺の病室がある階を超え、店長が入院している階を超える。
 エレベーターが止まり扉が開く。そこは集中治療室のある階だった。