「店長の浮揚」


 店長の気遣いに乗って俺はなんでもない風に話を続けた。あぁ、せっかくだからアンタの居ない間に大幅に店を改装でもしておくよ。ちょっと勘弁してよ、配置が変わったら、物の場所が分からなくて陳列の仕事が大変になるじゃないか。心配しなくても、アンタが陳列するのはカップ麺だけじゃないか、というツッコミは流石に言えず、俺は醤油呑み星人の方を見つめた。心配ないわよ、貴方なら問題なく仕事できるわ。笑いを堪えるようにして醤油呑み星人はそう言って俺にウィンクをしてみせた。なんだいそれは、と、訳も分からず笑う店長。何も知らぬは彼ばかり、という所だろうか。
 そう言えば店の事だけど、俺は何も聞かされてないんだが、今はどうなっているんだ。店長だからそれくらいの事は知ってるだろう、そう言えばさっきも代理の人がどうとか言ってたよな。あぁ、そう言えば、まだ何も説明していなかったっけと、店長は少し驚いた顔をした。僕よりもその辺の事情は彼女の方が詳しいと思う。僕の世話で仕事は休んでいるけど、店の方には何度か顔を出しているから、というか、店の事情に関しては彼女から僕も又聞きしてるんだ。彼女というのは、この場では醤油呑み星人以外に居ないだろう。へぇ、顔だしているのか、で、どうだ、店の様子はと尋ねると、彼女はなんだか複雑そうな顔をして俯いた。おいおい、なんだ、何か問題でもあるのかよ。軽率にそんな言葉を口走りそうになるのをなんとか堪えて、俺は、どうなんだよ、店の様子はと、勤めて平静を装って醤油呑み星人に尋ねた。
 大丈夫よ、何も問題なんてないわ。店長の代理で店に入ってくれた人がとても良くできる人なの。元居た店から何人かできるアルバイトの子を連れてきてくれてね、店はいつもより賑わってるくらいよ。何も、心配することはないわ。何も心配することはない、か。それはそれで、その状態が逆に心配だとでも言いたげだ。仕事場から人間が一人居なくなって、その穴を簡単に埋められてしまう。それは、確かに仕事としては問題がないのが正解なのだろう。だが、それでも、その居なくなった誰かの存在とはいったいなんなのだろうか。そんな簡単に代替の効いてしまう存在なのだろうか。そうなのだとすれば、その人物は最初から不要な存在だったのではないのだろうか。
 店長が居なくなって尚更上手く行っているというのも、少し考えればおかしな話じゃないか。あの店の経営において、店長がお荷物であったとでも言いたいのか。そんなことは、決してない。いや、確かに店長はアルバイトにも劣る仕事の能率だったが、それでも、苦しい場面で踏ん張る強さを持っている人間だ。あの日、あの時、あの暴漢に刺された日だって、彼が店に出ていたから巻き込まれたというのに。なのに、なんだろうか、この理不尽は。そんなのってあるだろうか、彼が居なくなって、たまたま店に降りかかった不幸を受け止めた彼が居なくなって、それで店が賑わっているだなんて。
 どうかしているね、と、呟きそうになった俺を我に返らせたのは、店長の言葉だった。そう、それは、よかったという、力ない、魂の抜けたような、そんな言葉だった。きっと彼はまた、いつものように、空しい目をして笑っているのだろう。そう思うと、とても俺は店長の顔を見れなかった。