「店長の病室」


 店長が一般病棟に移動して、面会が普通にできるようになってからというもの、醤油呑み星人が俺の病室にやって来ることは無くなった。そんな事をしなくても店長に会えるというのも理由の一つだが、そんなことをする時間があるなら店長の世話をする方が有意義だというのが実情という奴だろう。事実、俺が味噌舐め星人に車椅子を押してもらって、店長の病室を訪れてみれば、ベッドで眠る店長の横には、いつも本を読む彼女の姿があった。
 今日もまた店長の部屋を訪ねると、醤油呑み星人は彼の隣にあるパイプ椅子に座って、ハードカバーの小説を読んでいた。扉を開けたというのに、少しもこちらの事になど気づいた様子はない。どれだけ小説の世界に没頭しているのだろう。あるいは店長と二人の世界に浸っているのだろう。しょうがないなと、ため息をついて、俺は、よう、何を読んでいるんだと、気さくに話しかけた。彼女は、それで初めて俺の存在に気づいたという顔で、本から顔を上げると、なんだ、アンタか、いらっしゃいと、面倒臭そうな挨拶をした。まったく、随分なお出迎えじゃないか。そんな感じに店長の親御さんにも挨拶しているのかい。それじゃ、すぐに嫌われるぞ。アンタだけに決まっているでしょう、お父さんやお母さんは来たらちゃんと気づくわよ。まぁ、最近ちょっと疲れてて気づかなかった事はあったけれど。ほれみた事か、隠そうと思ってもそうそう地の性格って奴は隠せるもんじゃないんだよ。俺はここぞとばかり思い切り笑ってやったが、醤油呑み星人は涼しい顔をして、また本に視線を落としたのだった。まったく、反応のつまらない女だ。
 やぁ、来たのかい、おはよう。あぁ、おはよう、と、俺はベッドの上の店長に返事をした。集中治療室から出たは良いが、まだ体が本調子ではない店長は、まだベッドから起き上がれない状態が続いていた。肺や腹をを挿されたおかげで喋るのにもひと苦労で、いつもの騒がしい彼からは想像もつかない程に、ここ最近口数は少なかった。それでも何とか周りを明るくしようと精一杯の笑顔を絶やさぬ彼は、やはり俺たちの頼りないコンビニの店長だった。おいおい、無理しなくて良いよ、まだ暫くは安静にしてろって。無理に起き上がろうとする店長の肩に手を添えて止めて、俺は彼に微笑んだ。
 今日は車椅子じゃないんだね。もう、足は大丈夫なの。あぁ、今日主治医にもう歩いても大丈夫だと言われたよ。今日にでも退院しても構わないとも言われたね。まったく、この忙しない時期に病院追い出されてどうしろってんだよ。なんも年末の準備なんてできてやしないってのに。まったくだね、まぁ、元気になってよかったじゃないか。どこか寂しそうな顔をする店長。俺としたことが、いくら元気になったからって、まだ傷の癒えていない、苦しい思いをしている店長に対して、少し言動が軽薄だっただろうか。そんな俺の顔色に気づいてか、すぐに店長はいつものどこか癪に障る微笑みを顔に戻した。そっか、退院か、それじゃ、お店の事、僕の代わりにしっかりと頼むよ。代理の人もいつまでも居られる様な人じゃないからさ。さりげなく、仕事の話にすり替えて、何事もなかったようにしたつもりなのだろう。ばればれだよ。どうしてこの店長と言う人は、こうも不器用な奴なんだろうね。