「醤油呑み星人の直観」


 それから店長と醤油呑み星人と他愛もない話をした俺は、そろそろ妹たちも心配している頃だろうと病室を後にした。去り際、扉に手をかけながら、そういえば、今度来るときに何か見舞いに買ってこようか、何が良いと店長に尋ねた。丁度醤油呑み星人はお手洗いに部屋の外に出ていて不在。店長はもじもじと、なんだか恥ずかしそうに視線を逸らすと、いや、その、悪いんだけれど、雑誌を買ってきてくれないか。そっちの趣味は君に任せるからと赤い顔をして言った。雑誌、漫画雑誌で良いかと、分かっていてボケてやると、いや、そうじゃなくてね、君も経験しているだろう、こう、身動きが取れないとどうしてもね、と、苦笑いを浮かべて言った。男として、その気持ちはとてもよく分かる、痛いほどに分かる。しかしまぁ、それよりも今は体を治すことに専念した方が良いんじゃないのか、アンタの場合は。
 別に買ってくることはやぶさかじゃないが、暫くの間は、もうちょっと体の自由が効くようになるまでは我慢した方が良いんじゃないのか。下手に体の動かない今の状態でそんなの買ってきても余計に空しいだけだろう。それはそうだけれども、こう、男にはどうにもならない所があるじゃないか。それはそうだけれども。まぁ、そこまで言うなら仕方がない。じゃぁ、今度来るときに買ってくるけども、良いんだな、醤油呑み星人が入り浸ってる今の状況でそんな物持ってきて。見つかって、幻滅されても知らんぞ、俺は。そう言うと、それは困るなと店長は苦い顔をした。まったく、わざわざそんな物に頼らなくても、醤油呑み星人に処理して貰えばいいのに。まだそんな仲までは進展しないということか、なんにせよ、難儀な男である。
 何が私に見つかるとまずいの。と、いきなり後ろから現れた醤油呑み星人に、俺は驚いて後ろへと飛びのいた。何を男同士でこそこそと話し合ってるのよ気色が悪いわね。いや、なんでもない。何か必要なものがあったら次来るときにでも買って来てやろうかなと思ってな。ちょっと話してただけだ。あらそう、と、言いながらも訝しむ視線を俺に投げかける醤油呑み星人。やはりこの女は勘が鋭い。とりあえず、次来るときに買えたら買ってくるよ、それじゃぁ、と、言づけて、俺は逃げるようにして店長の部屋を後にする。立ち去った後も、扉の前に立ち、こちらに疑惑の眼差しをいつまでも向ける醤油呑み星人。あんな女に付きまとわれては、おちおちそんな本なんて見る暇もないと思うのだが。やれやれ、欲しいというのだから、しかたない。店長の嗜好はよく分からないが、それっぽい本を買って行ってやるとしよう。
 そうして、ナースセンターを通り抜けて、俺はまたエレベーターの前へと帰ってきた。ふと、その時、夕闇の少女が居た病室の事を思い出して、俺は頭を振った。集中治療室があった階と、今、俺が居る、店長の病室がある部屋とは異なっている。なので、あの部屋に俺が再び向かう事は金輪際ないだろう。自分から、行こうと思わない限りは。何が気になるのか。それはやはり、あの少女と自分の関係だろう。俺の事をお兄ちゃんと呼ぶ彼女。まるで妹の様に彼女を扱う俺。はたして本当にあれは俺と関わりのない物なのか。 
 頭が痛い。これ以上考えるのを拒否するように、頭がきりきりと鳴った。