「味噌舐め星人の惰眠」


 味噌舐め星人は上の階に居た。店長が居る集中治療室のある階だ。
 俺とミリンちゃん、そして親切な若い看護婦は、すぐにエレベータへと向かって上の階へと移動する。俺たちが階にたどり着くと、さっそくエレベータの前で初老の看護婦が出迎えてくれた。きたね、こっちだよ。どこかぶっきらぼうで、親切なのか不親切なのか分からない彼女の案内に従い、病院の廊下を歩くと、俺たちは待合室の前へとやってきた。ここだよ、と、目で合図する初老の看護婦。覗き込めば、待合室の畳の上に、毛布を掛けられて眠る味噌舐め星人の姿を俺は見つけた。おいおい、こんな、違う階に来てまで寝るなよとほっとしたのもつかの間、彼女が魘されているのに気づき、俺の中の安堵感はどこかへ吹き飛んでしまった。こんな顔をして眠る彼女を、俺は見たことがない。先生、俺の妹に、何かあったんですか、病気とか怪我とかしてないですよね。単に悪夢を見ているだけなのか、それを確認したかった。初老の看護婦はまた意地悪っぽい視線を俺の方へと向けて、あたしゃ先生じゃないから詳しい健康状態はよくわからんがね、長年患者さんと接してきた感じから言わせてもらうと、どこも悪いところはなさそうだったよ。それに、あたしが最初に見つけた時から、この娘はこの顔で寝ていたがね。
 なら、悪夢を見ているのだろうか。年中味噌の事しか考えていない能天気女でも悪夢くらいは見るのか。きっとまだ俺の看病疲れが抜けきってはいないのだろう。なんにせよ安心した俺は、深いため息をついた。おい、起きろ味噌舐め星人、こんな所で寝ていたら風邪をひくし、他の見舞いに来た人の迷惑になるだろうが。苦悶の表情を更に濃くして、彼女は布団を肩までひっぱる。駄目だ、完全におねむモードに入っている。この状態の彼女をどうこうできないということは、ここ数か月の共同生活でいやという程思い知らされた。はてさてどうしたものか。困り果てて俺まで苦々しい顔をすると、寝かしといておやりよ、どうせ平日だし、重篤な患者も今日は居ないから、ここで寝ていても問題はないよと、初老の看護婦が面倒くさげに俺に言った。
 まぁ、そう言って貰えるなら。それじゃぁ、彼女が起きるまでよろしくお願いします。起きたら連絡していただければ迎えに来ますので。良いよ、この娘はアタシがお前さんの病室まで連れて行ってやるから。それより、今は自分の怪我を治すことに専念しな。さっきからなぜかそこはかとなく怒った口ぶりの初老の看護婦。何か気に入らない事でも俺はしたのだろうか。感謝しようにも素直に感謝できず、俺は押し黙った。するとそんな沈黙が気に入らないように彼女はため息をついて、しかしね、妙な話もあったもんだよ、兄妹揃って同じ部屋で倒れるんだからね、と、俺に向かって言った。えっ、どういうことですか、と、今度は素直に言葉が口を吐いた。俺の後ろ、車いすの取っ手を握って立ち尽くしていたミリンちゃんも、だ。勿体つけるように初老の看護婦はもう一度ため息をつくと、一昨日の夕方にアンタさんが倒れてた病室でね、この娘も倒れていたんだよ。俺と同じ病室で、あの夕闇色の少女に会った病室で、味噌舐め星人も倒れていた、だって。不思議なもんさね、誰も居ない病室で、いったいアンタら何をしてたんだい。