「魔法少女風味ミリンちゃんはお兄ちゃんとスキンシップする」


 観鈴、ありがとう、な。俺が寝てる間色々と世話してくれてたみたいで、女優の仕事もあるだろうに、迷惑をかけたな。俺は柄にもなく、妹にお礼を言った。つい最近まで、生意気だ、生意気だと毛嫌いしてた彼女にこんな言葉をかけるようになるとは、俺も今口にしてみるまで思いもしなかった。それはミリンちゃんも同じだったようで、少し面食らった感じに目を見開き、そして徐々に表情を和らげると、どういたしましてなのです、と、言った。むずがゆくてたまらなくて、俺はミリンちゃんから視線を逸らし、窓の外を見た。昨日歩いた城址を何人かの人が歩いているが見える。あの木から葉っぱが全て落ちたとき、死んでしまうのと言うにはおあつらえ向きな、寂しい並木が風邪に木の葉を毟り取られている。そうやって冷徹に情景を心の中で描写しながらなんだかも、やはり心は落ち着かない。何よりも聴覚を支配しているよそよそしい沈黙が、俺にはとても耐え切れなかった。結局、俺は窓の外を向いたままミリンちゃんに、俺ららしくもないやり取りだな、と、呟いた。ミリンちゃんはしばらく間を置いて、そうなのです、と、静かに呟いた。彼女の声は優しくて、それでいてどこか甘えているようで、懐かしいような、温かいような、よく分からない感情を俺の中に思い起こさせた。
 お兄ちゃん、ちょっとそっちに行ってもいいですか。そっち、とは、何処の事だ。聞くよりも早くミリンちゃんは履いていたブーツを脱ぎ捨てると、俺が眠っているベッドの上に飛び乗った。えへへ、と、耳元で呟くと、俺の胸の中へと入り込む。そうして、まるで猫の様に俺の前に丸まって寝転がると、ミリンちゃんは俺に屈託のない笑顔を向けた。何がしたいんだよ、意味がわからないぞ。嫌がおうにも俺の視界に入ってくる妹におもわず声をかければ、彼女は甘えるような声で、兄妹のスキンシップなのです、お兄ちゃんと笑顔で返す。お互い、もうスキンシップなんて年頃でもないだろうに、そう思いながらも、俺は目の前のミリンちゃんの頭に手をかけると、猫か犬でも撫でるかのようなそんな手つきで、優しくその黒い髪を梳いたのだった。
 お兄ちゃん、お兄ちゃん、あまり気にしなくて良いのです。家族なのですから、助け合うのは普通のことなのです。いや、気にしてるわけじゃないんだ。ただ、お前にお礼を言うのが恥ずかしいだけさ。なんで、私にお礼を言うのが恥ずかしいのですか。それは、兄貴っていうのは、そういうものなんだよ。お前は、妹が居ないから分からないかもしれないが、な。ふぅんと、鼻を鳴らしてミリンちゃんはこちらを見上げる。そうとも、兄貴、姉貴という奴は、妹や弟に借りを作るのが恥ずかしいものなのだ、こればかりは仕方がない感情なのだ。よく私には分からないのです、お兄ちゃんのプライドが高いだけなのではないですか。そう言って、ミリンちゃんは俺の横っ腹を不意にくすぐった。突然の事に油断していた俺の口から笑いが吹き出す。何をするんだよと、すぐに応戦、ミリンちゃんのお腹をかくと、やん、セクハラですよ、お兄ちゃん、と、ミリンちゃんは楽しそうに笑う。兄妹でこんなスキンシップをするのは、随分と久しぶりだ。昔は兄も妹もなく、こうして二人でふざけあって、笑いあっていたのだ。気にすることなど、何もないか。