「B太の落涙」


 誰だよお前。いや、謎の大型新人アーティスト能美健太というのは知っているけれど、お前みたいな後輩は俺には居ないぞ。と、言い切ってから、俺は能美健太という名前が、B太の本名だというのを思い出した。頭の中でB太と勝手にあだ名をつけて呼んで居る俺である。テレビに出ている名前を見ただけでは、咄嗟に彼が俺の頼りになる後輩だというのに気づけなかった。まぁ、外見の事もある。エステティックビューティーサロンのCMじゃないが、ナオミキャンベルも真っ青な変わりぶりだ。なにせ、あの世紀末モヒカンアルバイターが、人受けの良い好青年アイドルになったのだから。
 お前、どうしたんだよその髪型。モヒカンはお前の魂じゃなかったのか。店長にどうにかしろって言われても刈やしなかったのに。俺だって刈りたくなかったですよ。けれど、社長がどうしても刈れって五月蝿くて。それでも渋ってたら、夜中にこっそりと刈られてて。あっ、刈ったばかりなのに毛が生えてるってのは、実はこれはかつらでして。本当はほら、このとおり、つるつるなんすよ。B太が頭をぺろりとめくる。すると、真昼のお月様が現れた。なんだよ、それ。それでアーティストって、あの社長はお前をサンプラザ中野くんにでもしたいのか。慰められても困るだろうから、おもいっきり笑ってやると、B太はつられて苦笑いした。いや、まさかこの歳で丸坊主になるとは思ってなかったっすよ。都路社長もリンリンさんもひでえっす。
 あっ、あっ、こんにちは、えっと、椅子をどうぞ、座ってください。今、お味噌汁を買ってきますから、ちょっと待っててください。兄を訪ねたお客様をそれとなくもてなそうというのだろう、味噌舐め星人はたどたどしい口調と、たどたどしい動作で壁に立てかけてあったパイプ椅子をB太の前に置いた。そして、宣言したように、味噌汁を求めて急いで部屋から出て行こうとした。お客様にお味噌汁をお出しする奴があるか。味噌汁は良いよ、それより、お茶かコーラでも買って来てくれと急いで声をかけたが、はたしてあせりにあせっている彼女に俺の言葉は届いただろうか。とまぁ、そんなこんなで、予期せず、俺とB太は病室にて二人きりとなったのだった。
 先輩、災難だったっすね。まさか、俺がコンビニを出て行った後に、コンビニで強盗事件が起こっていただなんて。あぁ、えらい目にあったよ。こうしてなんとか命があるのが本当にありがたい。ともすれば深刻な話になりそうだったので、内心はともかく、俺は極めて軽い口調と手振りでB太に言った。しかし、そんな俺の気遣いも無下に、B太の瞳は少し涙ぐんでいた。すんません、すぐに駆けつけられなくて。なに言ってんだよ、駆けつけてたところでお前になにが出来たってんだ。相手は拳銃持ちの刃物持ちだぞ。それはそうですけど。けど、仲間が辛い目にあったってのに、俺、そんなの全然知らなくて。知らなくって、どういう意味だ。あの後、コンビニに戻って来たんじゃないのか。すると、B太はよりいっそう苦しそうに顔を歪めた。
 俺、あの後半ば拉致同然に社長に東京に連れて行かれて、それでなんか、めまぐるしい様に忙しくて。今日、やっと休日が取れて、それでアパートの整理がてら地元に戻って来たんすけど、電話したら、先輩出なくって。