「能美健太の襲来」


 昼を過ぎてもミリンちゃんはやってこなかった。俺は看護婦がリアカーで引いて運んできた、味付けが薄くなんとも食欲の起こらない昼飯を食べ、味噌舐め星人は買い置きしてあった味噌スープを飲んだ。幾ら病院食が不味いといっても、なんとか食べれないレベルではなく、量もあるので腹はそこそこに膨らんだ。それと比べると、下のコンビニで売っている、ワンカップ二百円するかしないかの味噌汁一つの昼食というのは、やはり少ない。お前、別に妙に遠慮せずに味噌カツ弁当でも、おでんでも、なんでも買ってきて良いんだぞ。貯金はないが、しばらく食うに困らない程度にはあるんだから。大丈夫です、大丈夫です、私はお味噌汁が好きなのです。お味噌汁が好きだから飲んでるのです。何も遠慮なんてしてませんよ。そうは言ってもな。やはり、この娘の栄養摂取は、俺が管理してやらないと駄目なようだ。
 看護婦が俺の部屋にやってきて食器を下げた。ついでに味噌舐め星人が飲み干した味噌汁の容器も回収してもらうと、忙しそうに看護婦は部屋から出て行った。出て行きざま、そうそう、そう言えば、さっきナースセンターに問い合わせが来てたわよ。貴方がこの病院に入院してると聞いたけれども、どの病室に居るのか、見舞いに言って大丈夫か、って。一応、病室と病状と面会時間について知らせておいたけど、もしかしたら、今日か明日辺りに見舞いに来るかもしれないわね。ほう、それはそれは、いったい、俺を見舞いに来ようと言う奇特な方は誰だろうか。なんにせよ、人に心配されるのは悪くない気分だ。女ですか、男ですかと尋ねると、男の人よ、普通の感じのと看護婦は答えた。残念、女性なら、もう少しテンションが上がったのにな。
 お客さんですか、誰ですかね、誰ですかね。お土産持ってきてくれますかね、何がお土産ですかね。お味噌のお土産なら最高ですね、お兄さん。病院でお味噌なんて貰ってもいったいどうしろと。ご飯の上にかけて食べるというのか。しょっぱくて、とても食べれたものではないだろうに。クッキーだとかせんべいだとかが妥当だろう。いや、見舞いの品だぞ、クッキーもせんべいもない。青果の詰め合わせを持って来るのが常識的な所だろう。とりあえず、過度な期待をしても無駄だぞと、味噌舐め星人をたしなめると、俺はテレビのチャンネルをまわした。丁度お昼の人気バラエティ番組が終わった時刻。見るものもなく、総合ニュース番組をつければ、三面記事流し読みのコーナーが丁度始まった所だった。さぁ今日の各社一面はこれ。電撃契約、謎の大型新人アーティスト、能美健太。ふむ、どこかで聞いたことのある名前だ。三面記事に載っている顔も、どこかで見たような顔をしている。しかしこんな知り合い、俺に居ただろうか。茶髪のショートヘアで、爽やかな笑みが似合い、ベイビィフェイス。女性に微笑みかければ、十中八九が黄色い声援をあげそうな、こんな知り合い。まぁ、いい男っぷりではわれらコンビニの期待の星、B太も負けては居ない。あれもおばちゃんには人気だった。
 先輩っ、大丈夫っすか、なんかニュースで刺されたって聞いたんすけど、大丈夫っすか。突然そんな大声がして病室の扉が開いた。すると各社一面のトップを飾っているベィビィフェイスが青い顔をして立っていた。