「味噌舐め星人の奇計」


 朝は俺が思ったよりも遅く現れた。目を覚ましたのは朝の九時。店長も目覚めた事で安心したのか、どうやらいつもの自堕落な調子が戻ってきたらしい。おかげでテーブルの横に置かれた不味い飯が、更に冷え切って不味くなりとても食えたものではなかった。いっそ、味噌舐め星人と連れ立って、どこかで外食でもしてこようか。病院から歩いて五分ほどの距離。駅前の商店街に、美味しいと評判の焼きそばを出す店があるのを知っている俺は、少しだけ外食の算段を立ててみたが、今日はミリンちゃんが見舞いに来るのを思い出して、尚且つ、また医者の回診をサボったりすれば、看護婦達に何を言われるか分かったものではないので、やはりやめておくことにした。実に残念だ、こんな状態でもなければ、食べに行こうなんて思わないだろうに。
 ご飯を一通り食べ終えると、俺は味噌舐め星人に声をかけた。おい、起きろよねぼすけ星人。朝だぞ、飯、食べなくて良いのか。すると、彼女は布団の中へともぐり込み、路傍でのた打ち回るミミズか芋虫の様にもそもそと蠢いた。味噌舐め星人から芋虫星人への華麗なる進化だ。おい、起きろよ、俺が暇で仕方ないだろう。俺は面倒くさく半身を起こした。そしてベッドのスロープに掴まると、俺が今眠っているベッドから一段下にある、味噌舐め星人が眠るベッドに向かい、前かがみに手を伸ばす。指先が彼女の布団をつまみ上げた。まるで繊細なクレーンゲームでもするように、何百円かかけて、落としやすい位置まで景品を移動させるように、ゆっくりと、俺は芋虫星人の厚い皮を摘み上げると、頃合を見計らってそれを鷲づかみ、一気に剥く。
 ひゃぁっ、寒い、寒いです、さむさむです。お兄さん、何するんですか。返してください、私はまだねむねむですから、眠るんですから、返してくださいお兄さん。馬鹿野郎、そんないつまでも寝ていたら牛になるぞ。それは飯を食べてすぐ寝た場合の話だが、この際はそんな事はどうでも良い。とにかく、俺は暇で暇で仕方がなかったのだ。普段彼女が俺に構ってもらえないと死んでしまう様に、この時ばかりは俺も誰かと話でもしていないと、死んでしまいそうだったのだ。普段相手をしてやってるのだから、少しくらい無理して相手をしてくれても良いだろう。それに、それが家族というものだ。
 もうもう、まだ九時じゃないですか。お昼の時間じゃないですよ。こんな早い時間に起きて、お兄さんどうするんですか。面白い番組やってないんですよ。時々、ガンコちゃんがやってて、面白いですけど、ストレッチマンも出てきて面白いですけど、けどけど、たいていおじさんとおばさんがお喋りしてるだけの時間ですよ。こんな時間に起きてたって仕方ないじゃないですか。この娘もテレビ番組に五月蝿くなった。昔はどんな番組でも文句を言わずに見ていたのに。あるいは、テレビがどうでもよくなるくらいに眠たいのか。おそらくは後者だろうな。寒さに脚と腕を震わせセミの幼虫の様にベッドの上に縮こまる味噌舐め星人。まぁ、こんな事になるだろうと、朝食の味噌汁を手もつけずに残しておいたのだが。ほれ、味噌汁があるが飲まんのかと、俺は味噌舐め星人に尋ねた。すると、もう飲みましたよ、と、小さな声で一言。何を、と味噌汁のカップを持ち上げると、それはやけに軽かった。