「醤油呑み星人の心配」


 自分でも自分の薄情さに笑うしかなかったし、自分でも自分の愚かさに情けなくなった。絶望の中にまだその半身を浸けている彼女に、いったい俺はどんな言葉をかけてやれるというのだろう。俺には何もできない。また、無力感が俺の体を打ちのめしていた。それは分かりやすい痛みではなく、けだるい、病気の様な、そんなどこか息苦しい物だ。つける薬はなく、ただ、嵐の様に俺の中からその感情の渦が去っていくのをひたすら待つしかない。どうしようもできないのだ。俺は、諦めて醤油呑み星人の手から千円札を掴むと、それを服の胸ポケットに入れて、彼女に背を向けコンビニへ向かった。
 コンビニに戻ると、俺は先ほどの雑誌コーナーを素通りして、ジュースが並ぶ店の奥へと入った。そして、何か珍しい商品でも並んでいないかと、しばらく、醤油呑み星人が精神的に持ち直すまで、時間を潰して帰ることにして、棚に並んだジュースのラベルを眺めていた。骨を溶かすと散々に言われてきたコーラが普通に並んでいる辺り、やはりあの説は眉唾なのだろう。そんなどうでも良いことを考えて時間を潰す。見終えれば次はお菓子コーナーへと。体に悪そうな色をしたお菓子の多いこと、多いこと。皮肉に笑ってみても、ちっとも楽しくはならないし、気はまぎれなかった。最後に惣菜パンの並ぶ棚を見て、俺は車椅子の車輪を激しく回すとレジの前へと移動した。
 週刊誌一冊を買うのに千円札も出せば、お釣りは必然かさばるもので、手の中に溢れかえる小銭を胸ポケットに流し込めば、なんとも耳障りで人目を引く音がした。見なくても分かる、周囲の人々の視線が刺さるように痛い。財布を持っていないのかよという囁きが聞こえてきそうで、俺はすぐにレジの前から退くと、その余勢でコンビニを出た。どうにも気分が悪い。もしこのまま、醤油呑み星人のことがなければ、俺はまた、昨日見た彼女の部屋に行きたいなと思った。完全に俺の中から消え去ったと思っていたのに、まだしつこく、この悲しい感情は残っていた。それを、彼女に取り除いてもらいたいなと思った。しかし、醤油呑み星人もあのままにしてはおけない。なにより、昨日、夕暮れの中であった少女には、なぜだが、あの時間にしか、夕暮れの中でしか会えないような気がした。特にこれといった確証もなく、特にこれといった根拠もなかったが、とにかく、そんな気がして、俺は醤油呑み星人が待つ、コンビニ裏のソファーを目指して車輪を転がした。
 黒いソファーに足をあげて体育座りをしている醤油呑み星人は、すっかりとという程ではないけれども、先ほどと比べれば随分と落ち着いたようだった。俺の気配を感じると、膝からゆっくりと顔をもたげて、こちらを見る。少しだけ口元を緩めて彼女は微笑むと、リノリウムの床に革靴を打ち付けて立ち上がった。欲しいものは買えたかしら。あぁ、と、少し気後れした感じに俺が返事をすると、彼女は小さく頷いて俺の後ろに回った。もう、他に寄るようなところはないかしら。ないね、今のところは、どこか通ったら思い出すかもしれないよ、と、戯言を吐けば、少しだが醤油呑み星人が笑った。皮肉っぽい、俺のことを小ばかにするような、そんな笑い方だったが、なんだか、それさえも、彼女が元気になったようで、俺には嬉しく思えた。