「味噌舐め星人の診方」


 ケーキか。良いかもしれないな。俺が何気なく呟くと、目をこれでもかと見開き、そして輝かせた味噌舐め星人が振り返った。そうです、良いかもしれませんよ。お兄さん、この白いお味噌のお料理を買いましょう。すぐに買いに行きましょう。ここの病院にある売店で、売っていますかね、売っていますかね。もちろん売っているわけがない。ホットケーキくらいなら、病院内の食堂で食えるかもしれないが、生クリームたっぷりの糖分過多なケーキなぞ、体に毒以外の何物でもないのだ。病院の外に出てケーキ屋か菓子屋にでも行くしかない。だが、ついさっき出かけたばかりなのに、また外出というのも少々気が引ける。味噌舐め星人も疲れているだろうし、回診をすっぽかされて怒っていた看護婦たちも、どう思うか分かったものではない。
 必然、今日食うのは無理だという判断となり、また明日にでも買いに行こうかという結論に至った。味噌舐め星人は、また俺が金銭的な意味や、躾の意味で、また明日と言ったのだと、つまりはぐらかされたのだと思い、すぐに駄々をこねて、買ってきてください攻撃をしかけてきた。この娘の空気というか状況を考えない所は、どうにかならないものだろうか。はい、検温の時間ですよ。あら、妹さん、今日もお兄さんのお世話お疲れ様。仲がよろしいわね。と、困っているところに年配の看護婦さんが入ってきた。彼女は手際よく医療用具の乗ったリヤカーをベッドに横付けすると、ちょっとどいててくださるかしらと、味噌舐め星人をベッドから離れさせる。そして、俺の困った妹を完全に置いてけぼりにして、手馴れた手つきで俺の検温やギブスの交換を始めたのだった。もうちょっと、ギプスは強く締めておきますね。勝手に外出するくらい活発なそうですから、ちょっと動いたくらいじゃ包帯が解けない様にしておきますわ。それでも無茶は駄目ですよ。おほほ。
 思いのほか時間のかかる作業に、味噌舐め星人はこれ以上俺に相手してもらえないと判断したのか、すごすごと諦めてベッドから少し離れたところにあるパイプ椅子に座り、まもなくその上で船をこいで不貞寝を始めた。あらあら、看病疲れかしら、妹さんこんな所で寝て。やたらと喋りたがる年配の看護婦はそう言うと俺の足の包帯をきつく締め上げる。傷とは別に純粋に締め付けられたのが痛くて、俺は情けない声をあげた。あら、ちょっときつすぎたかしら、おほほほと笑って、白髪の多い彼女は俺の足に巻いた包帯を少し緩めた。いったい彼女の細い手からどうやってこんな万力で締めるような力が発生するのか。はいはい、これでおしまい。後は安静にね。そうね、一週間もこうしていたら、直によくなりますよ。そうかい、一週間ちょっとで退院かいそれはよかった。嬉しい看護婦の素人診断に表情が緩みそうになった。それを制するように、すかさず年配看護婦の、でもね、という言葉が入る。でもね、駄目ですよ、あんまり妹さんを虐めてあげちゃ。妹さんを大切にしてあげなくちゃ。なにせ、貴方がここに運ばれてきてから、毎日帰らずに看病してくれているんですからね。なるほど、この年配の女性は、すっかりと耳まで年をとっていらっしゃるようだ。味噌舐め星人との恥ずかしいやり取りを聞かれてしまった。俺は自然と頬が熱くなっていくのを感じた。