「味噌舐め星人とケーキ」


 昼になって看護婦がまたまずそうな食事を運んできたが、城でおでんを食べてきた俺には、三菜一汁で量ばかりやたら多いそれはちょっと食べれそうになかった。味噌舐め星人はどうかと俺は暗に目配せをしたが、彼女は先ほどの一件にまだ腹を立てているらしく、俺と目を合わすやそっぽを向いた。女に胸を押し当てられたら、男ならあぁなるのが普通だっての。自分に押し当てるだけの胸がないからって、何をそんなにひがむことがあるだろうか。
 とりあえず、飯と一緒に出されたお茶だけ飲むことにした俺は、味噌舐め星人の無言の意思表示をごまかし無視した。頬を風船の様に膨らませるなんて、幼稚でありきたりな意思表示だ。しかし、彼女のそういう仕草を俺は嫌いではないのだ。まだ幼かった頃の、俺の腰の高さまでしか身長がなかった頃のミリンちゃんの様で、見ていてちょっと楽しく、ある意味でちょっと懐かしかった。なので、まともに彼女の抗議に取り合うつもりなど俺には毛頭なく、彼女が怒りつかれてまたお兄さんお兄さんと、甘ったるしい声を出してまとわり着いてくるようになるまで、この状況を楽しむつもりだ。
 むぅむぅ、お兄さん、お兄さんは酷い人です。むっつりスケベで私以外の女の人の尻を追いかける駄目人間なのに、謝ってくれません。もう知りません、ミリンちゃんに言いつけてあげます。お兄さんの悪行をミリンちゃんに言いつけてあげます。いや、ミリンちゃんに言いつけてどうなるんだよ。俺がすかさずつっこめば、味噌舐め星人はどうなるんだっけという感じに頭を捻らせた。そうして、ひとしきりうんうんと悪夢の様に唸ると、開き直って一緒に怒ってもらいます、ミリンちゃんに一緒に怒ってもらうんです、お兄さんのスケベさんって、と、投げやりな感じに言った。別にスケベさんと言われた所で、俺は痛くもかゆくもないんだが。いいんです、とにかく、お兄さんは酷いスケベ人間です。そういう人は、駄目だから私とミリンちゃんで怒るのです。味噌舐め星人は頬を赤い風船に変えて、俺に向かって叫んだ。
 ぷりぷりと怒っていた味噌舐め星人の沸点が下がったのは、それから数時間後の事だ。直った理由はとても簡単で、俺が昼のニュースでも見るかとテレビをつければ、自然と彼女は音と光のする方を振り返り、気づけばテレビの内容にあわせて相槌し感嘆を漏らすようになっていた。本当に、この娘ときたらテレビが好きなのだから。看護婦が食事を俺の部屋に取りに来た頃には、すっかりと上機嫌で、お兄さん、あのふわふわとした白いお味噌の載っているのがとてもおいしそうです、とってもおいしそうですと、画面の中のショートケーキを指差して、食べたそうに涎を垂らしてのたまっていた。そうだな、美味しそうだなと、クリスマスも過ぎたというのにケーキ特集なんてしているバラエティ番組に辟易しつつ、俺は言った。買ってやりたいのは山々だが、東京くんだりまで、こんな足ではとても行けそうにはない。
 はぁ、美味しそう。あんなの食べたら幸せでお腹がきゅーってなって死んじゃいますよ。幸せで口からいっぱいいっぱい涎が出て死んじゃいますよ。それはなんだか飢え死にみたいだな。やれやれ、そんなに食いたいのかよ。そう言えば、俺も寝てたせいでクリスマスにケーキ食い逸れてるな。