「城とおでんと俺と妹と」


 驚いたのが俺の財布が味噌舐め星人のズボンから出てきたことだ。俺が病院で寝込んでいる間、どうやって飲み食いしていたのかと思えば、なるほど俺の財布をこいつ勝手に持ち出して、飲み食いしていたらしい。お前、思っていた程ちゃっかりしているなと、ありもしない財布を求めてズボンに手を入れたままの俺が言うと、彼女はえへへと可愛らしく笑った。笑い事じゃない。家族だからそれで済ませるが、他人にやったら犯罪だぞ。とまぁ、そうは言っても、寝ている間に何かと余計な世話もかけていただろうし、今もこうして文句を言いながらも車椅子を押してもらっているのだから、そのくらいの事は大目に見よう。ひもじい思いをされるよりはよっぽど良いだろう。
 売店から移動して市街が見下ろせる石垣の縁へと移動する。コンクリート製、丸太を模したペンキの禿げたベンチに座ると、俺は眼下に広がる街の景色を見下ろした。城の表門から伸びている街道は、古めかしい街並みと共に学校へと伸びている。道の横に立ち並んだ、青々しい木の堀を持った旧家屋は、落ち着いた色合いで生きている時代を俺たちに錯覚させる。工業高校の生徒達が、楽しそうに談笑しながら自転車を引いてその道を歩いてくる。暢気なものだね。人生の内であの頃の時分が一番楽しかったように思えて、俺はふと、切ない気分になった。隣でおでんを一口に頬張って、はふいはふいと騒ぐ奴のように、自由に気ままに生きれたら人間はどんなに幸せだろう。
 良い景色ですね、街がよく見えますね、こんな風に私たちの住んでる街はなっていたんですね。すごいですすごいです。そうか、そんなに凄いもんでもないだろうと、感動をぶち壊すような台詞を吐いて俺は味噌舐め星人をからかった。彼女はむぅと頬を膨らませて、折角私がちょっっぴり良い気分になっているのに、感動しているのに、どうしてそういうほほいふんへふは、と、こんにゃくを口に含んだ。食べながら喋るなよ汚らしいと、俺はさつまあげを口に入れる。うむ、コンビニのおでんと大差ない普通のおでんだ。しかし、城の上で海辺まで広がる市街地を見渡しながら食べるおでんというのは、また普段食べるのとは違う趣きがあって、少し美味しく感じられた。
 ねぇお兄さん、ここはお城という所なんですよね。いったい、何をする所なんですか。こんなに石を積み上げて、どうしてこんな場所を作ったんですか。説明するとキリがなさそうなので、さぁな、知らんよと、俺は適当な事を言った。分からないのですか、お兄さんも知らないと言うことは、ここは謎の遺跡なんですね。ミステリーサークルなんですね。と、なんだか真剣な顔つきで味噌舐め星人は眉間に皺を寄せる。宇宙人が、ミステリーサークルなんて言うかねと、苦笑いしながら俺がパックの中の卵を割る。すると、しかめっ面をぱっと笑顔にかえて、味噌舐め星人がこちらを向いた。既に彼女の手の中のおでんはすべて彼女の胃の中に消えてしまっている。食べたいのかとさりげなく尋ねれば、すばやく、そして激しく首を縦に振った彼女に、俺は仕方なく半分に割った卵を分けてやった。ありがとうございます、お兄さん、大好きですと、卵一個で大いにはしゃぐ味噌舐め星人に呆れながら、俺は最後に残ったはんぺんに味噌と卵を一緒に載せて口へと運んだ。