「味噌舐め星人のおでん」


 食事を終えた味噌舐め星人に頼み込んで、俺たちは散歩に出かけた。味気のない病室には、息苦しい空気に満ち満ちていて、こんな所に長いこと居たならば、窒息死してしまいそうだった。けれど、看護婦たちが忙しなく行き交う廊下にも、妙な緊張感のような物が張り詰めていて、今ひとつ落ち着かない。結局、俺たちは、エレベーターで一階まで降りた。ドラマなんかでは病院の敷地内に、リハビリを兼ねた散歩コースのような物があるのだが、そこは地方の病院だ、ガラス張りの戸の先には、ロータリーと古めかしい道路が広がっているだけだった。やれやれ、折角降りてきたというのに、無駄足だったか。なんて、皮肉を言って引き返そうかと思ったその時、ふと、病院の前が城址公園になっているのを俺は思い出した。そう言えば、小学校の頃に遠足で、この近くまで歩いて来たことがあったっけか。懐かしい話だ。
 おい、ちょっとしんどいかもしれないが、そこの城に登るぞ。唐突に城の中を見てみたくなって、後ろで車椅子の取っ手を握りしめている味噌舐め星人に、俺は命令した。城、城ってどれの事ですか、なんの事ですかと、宇宙人らしくとぼける俺の妹に、石垣の方を指で示してやる。ええっ、あんな高い壁は登れませんよ、お兄さん、無茶ですよ、無茶しちゃいけませんよ。馬鹿野郎、忍者じゃないんだ、石垣から登る必要なんてないよ。ほら、そこの交差点の所から登れるようになっているだろう、あそこから入るんだ。そう言って、俺は指先を石垣沿いにスライドさせ、コンビニのある交差点へと向けた。あぁ、本当ですねと納得する味噌舐め星人の手を叩いて、ほら、早く連れていけと俺は彼女を急かした。苦笑いをして、彼女が車椅子を押す。
 師走に入った冬の朝は寒く、病院の前に植えられた木々は寒々しくどこか色褪せているように見えた。白色の褪せた横断歩道を渡り、葉の落ちた木々の下を潜って石垣の横を歩けば、城址の裏口、搦め手なのだろうか、急勾配になった坂道が突然石垣の間に現れる。これ、登るんですかと、めきめきと青ざめるような声色で味噌舐め星人が俺の背中で呟いた。もちろん、と、見上げるように首を後へと傾ければ、彼女の青ざめた顎が見えた。大丈夫だ、俺もペダルを漕ぐからと説得し、砂利を撥ね上げて坂道を登る。お兄さん、お兄さん、この坂道を登ったらなにがあるんですか、これ登ったら、何か良い物でもあるんですか。別に、何もないぞ、ちょっと高い所から街が見えるだけだ。なんでそんな高い所から街が見たいんですか、見てなんになるんですか。それはな、馬鹿と煙は高い所が好きだからだよ。なに、きっとお前も城から見下ろす景色を気に入るさと、俺はふと思って小さく吹き出した。
 冷気を放つ石垣と、日光を遮る木々の下を抜けて、少し開けた場所に俺たちは出た。天主があったとされる場所からは、一段下にある場所。所謂二の丸という奴だろうか。城の構造に詳しくない俺には、なんとも言うことができない。ちょっとしたグラウンドくらいの広さがあるそこには、猿が入った檻と、屋根を植物の蔦で覆われた休憩場所と、おでんを売っているお茶屋があった。勿論、おでんを目ざとい味噌舐め星人が見逃すはずもなく、俺たちは随分と早いお昼ご飯ではあるが、おでんをそれぞれ三つずつ買った。