「味噌舐め星人の朝食事情」


 味噌舐め星人が起きたのは親父が病室を去ってから一時間後の事だった。窓から差し込んでくる日の光を顔面に浴びて、彼女はくすぐったそうに瞼をひくつかせると、大きく口を開けた。猫の手で目を擦りあげて、跳ね返った髪を揺らめかせて立ち上がると、あぁ、お兄さん、おはようございますと、いつもの調子で俺に朝の挨拶をした。おはよう。ご飯を食べ終えて、穴の開くほど見つくした新聞を手に視線を漂わせていた俺は、それをたたんで布団の上に置くと味噌舐め星人の顔を見た。とりあえず、早急に顔を洗ってきた方がいいな、せっかくの美人が黄色い目やにと野放図な寝癖で台無しだ。
 お兄さん、お兄さん、びっくりさせないでくださいね。私とミーちゃんはとてもびっくりしたんですからね。勝手に倒れないでください、無理しないでください。もうもう、お兄さんてば無茶ですよ。今、お兄さんは怪我してるんですから、あんまり無茶な事しないでください。足が良くなるまで、まだまだ時間はかかるんですから、そんな勝手に車椅子から立ったりしちゃいけませんよ。めっですよ、めっ。まさかこの天然ボケ女に怒られる日が来るとはね。いや、今回ばかりは流石に俺に否があるか。頬を膨らませる味噌舐め星人の頭を撫でると、俺は、悪かったな、心配をかけてと謝った。
 分かったら良いんです。これからは、もう、勝手に無茶しちゃいけませんよ。勝手じゃなければ無茶しても良いのかねぇ、その言い方だと。なんて、冗談を言うと、駄目ですと激昂する味噌舐め星人。とにかく、もうお兄さんはおとなしく寝ててください。足が良くなるまで、私がお世話しますから、休んでてくださいと。一方的に言いつけると、彼女は俺の上半身を押さえつけて、強引にベッドに寝かせたのだった。お前に世話される方が、余程無茶な事になりそうで、俺としてはよっぽど怖いのだけれども、まぁ仕方ない。
 顔を洗いがてら外へ出て行った味噌舐め星人は、病院の売店でインスタント味噌汁を買って帰ってきた。朝ご飯ということだろう。部屋の隅に備え付けられた簡易キッチンでお湯を沸かすと、手慣れた感じに味噌と具をカップに入れる彼女。もしかして、俺が入院している間はずっとそれを食べてるのか。違いますよ、違います、毎日お味噌汁じゃお腹がたぷたぷになっちゃいます。食べても、朝とお昼だけです。夕飯はお外で食べますし、お昼もたまにミーちゃんが、おいしいお味噌の料理を買ってきてくれるんです。なんとまぁ、俺が寝ているのを良い事にいい生活をしていたんだな、お前。少しくらい分けろよと言うと、首を激しく横に振って味噌舐め星人は拒否してみせた。良いじゃないか、どうせその商品を買ったのは俺の金なんだから。
 そう言えば、今日はミリンちゃんは来るのか。昨日はたまたま来ていただけなのだろうか、それとも、頻繁に俺の見舞いに彼女が来ているのか知りたくて、俺は味噌舐め星人にそんな質問をしてみた。ミーちゃんは、今日はお仕事なので来れないと言ってました。できれば、お兄さんのお世話をしたいけど、仕事の方も大切ですからって、残念そうな顔をしてました。明後日にはまたお見舞いに来てくれるみたいです。仕事と両立できる程度に来てくれているのか。ありがたいね、移動時間も切符代も馬鹿にならないだろうに。