「魔法少女風味ミリンちゃんは車椅子を引く」


 足を巻く包帯は固く、出刃包丁で引き裂かれた俺の足が、まだ使えないであろう事はわざわざ誰かに聞かなくても明白だった。ミリンちゃんが呼んだ医者と看護婦に、軽い健康診断を受けた俺は、松葉杖かもしくは車椅子を貸し出してくれないかと申し出た。医者は構わないとすぐに答えたが、松葉杖でも車椅子でも傷ついた足に力を入れないように気をつけるんだぞと、真剣な面持ちで言った。二度と歩けなくなる訳じゃあるまいし、なにを大げさな事をというと、二度と歩けなくなる訳があるかもしれんと、医者は言った。
 医者と看護婦が去ると、改めて俺は自分の病室を見渡してみた。普段俺が暮らしているアパートの部屋二つ分はあるであろう部屋は、余程よい空調を入れているのだろう、温かいのにエアコンやストーブ独特の臭さがない。寝台はもちろんのことカーテンからテレビに至まで、何もかもが新しく清潔、とても貧乏人が寝転がって良いような雰囲気ではない。つまり、俺はどうにも自分がこの部屋に場違いな存在であるように感じられて仕方たなかった。ミリンちゃん、お前、俺が寝ている間に、もうちょっとグレードの低い部屋に移してもらえるように頼めなかったのか。一日の入院費がどれだけかかると思っているんだよ。文句を言っても仕方のないことの上、心配して駆けつけてくれた人間に言う言葉でもなかったが、どうにもこうして俺が寝ている間に発生した治療費を思うと恐ろしくて、俺は言わずには居られなかった。
 大丈夫、なのです、ここの支払いは、私に任せるのです。お兄さん、困った時とはお互いさまなのです。いや、待てよ、妹に奢られるなんて、そんな格好悪い話があるか。しかも、その妹は、まだ高校にだって行っていない様な奴なのだ。年長者としてのプライドにかけて、そこは、うん、ありがとうと言える物ではなかった。俺はあえて返事を聞こえない振り、あるいは聞いていない振りをして誤魔化した。そして、悪いがミリンちゃん、俺をナースセンターへ連れて行ってくれないか、と、彼女に頼んだ。話を無視されて、今ひとつご機嫌斜めな彼女ではあったが、少し俺の足に視線を向ければ、ため息をついた。そうして彼女は仕方ないなという顔をすると、俺の貸出申請を受けて戻ってきた看護婦から、真新しい車椅子と汚れのない松葉杖を受け取った。車椅子をセッティングすればいつもの高圧的な態度で、彼女はさぁさぁ、言ったからには早く乗ってくださいお兄ちゃんと、俺に迫った。
 幾つかのナースセンターを回り、店長の名前を出してその居場所を聞いて回った。幸いな事に、店長のことを知っている看護婦が偶然ナースセンターで番をしていてくれていた。おかげで、必要以上に図書館や学内を探して回る必要もなく、とても助かった。更に助かったのは、店長がまだ生きているという事だ。そうして俺達が彼女から聞き出した店長の居場所は、俺たちが今居る階にして今居る場所のちょうど真上、ちょうど一階分。集中治療室、所謂所のICUだった。もし、看護婦の話が本当ならば、店長もまた俺と同じく、あの日強盗犯に襲われて以降、一度も目を覚ましていない事になる。居てもたっても居られず、俺はミリンちゃんを急かした。俺の気持ちを察してくれたか、ミリンちゃんは急いでエレベータで上の階へと登ってくれた。