「惨劇の終わり、終わりの始まり」


 それから後の事は気を失ったので分からない。気がつけば、俺は病院の中に居て、足元には味噌舐め星人が寝息を立てていた。今何時だろうか。余程深い眠りだったのか目元に張り付いた目やにを刮ぎ落すと、辺りを見る。夕焼けに染まったカーテンに、まぶしく輝く銀色の窓枠。病院は、辛気臭い無言の空気に包まれていて、なんとも言えない寂しい気分に俺はなった。
 あ、あっ、あぁっ、あぁ、お兄さん、起きました、起きましたね、起きたんですね。あぁ、あぁ、よかった、お兄さん、やっぱり、死んでなかった。びっくりしたんですよ。倉庫から出たら血がビューって足から流れてて、意識もなくって。死んじゃうかと、もう死んじゃったのかもと、思ったんですから。病院に連れてきて、先生に包帯巻いてもらっても、それでも、全然起きてこないから、お兄さん、もう死んじゃって、起きてこないのかと。息してるけど、もう死んじゃったのかと、思ってたんですから。もう、大丈夫、ですか、もう寝なくっても大丈夫ですか、お兄さん。どうやら、俺はえらく彼女に心配をかけてしまったらしい。あぁ、もう、大丈夫だと微笑んで、俺はすぐに腰を上げようとしたが、途端に背中を鈍い痛みが走った。まさかとは思うが何処か神経をやってしまったのか。ゆっくりと体を起こせばなんともない。どうやら余りに長く眠りつづけた為に、筋肉が固まったのだろう。
 あっ、お兄ちゃん。目が覚めたのですか。花瓶を手に、今ちょうど水を替えに行っていた所ですよという感じのミリンちゃんが、病室の扉から姿を表した。もうもう、心配したのですよ。コンビニ強盗のニュースでお兄ちゃんの名前が流れてまさかと思って、すぐに電話したらお姉ちゃんさんが、泣き声で。もう、何が何だか分からなくて、もう、もう。心配かけないでくださいなのです。お兄ちゃん、良い歳して妹に心配かけないで欲しいのです。心配かけるなと言われても、強盗犯が勝手にやってきたのだ、どうしようもないだろうに。それでも何も言わないというのは、布団の上に大粒の涙を零して、むせび泣く二人に余りに申し訳なくて、俺はごめん、と小声で謝った。
 そうだ、おい、店長はどうなった。味噌舐め星人、お前、知らないか。店長さん、店長さんですか、店長さんはですね、えっと、えっと、どうなったんでしたっけ。尋ねれば緊張感のない顔をしたものだから、無事なのかと思いきや、知らないのか。それほど俺の事を心配してくれていたということなのだろうが、それはそれでなんというか、店長に悪い気がしないでもない。悪い気がしないでもない、だなんて、俺からして、まるで店長が死んでいないかの様な口ぶりだが。自嘲しようかとも思ったが流石に止めておくことにした。止めておこうと思ったが、あの時の光景を思い出してそれすらも出来なかった。吐き気が胃から喉へと突き抜けて、甘酸っぱい空気が俺の口から漏れ出した。食べていないのに出るものか、それでも出そうとせずには居られない。俺の中に植え付けられてしまった耐えがたく忘れがたい苦痛を、真新しい苦しみで誤魔化すかのように、俺はただただ、空気を吐きつづけた。
 心配そうに俺を見つめ、二人の妹は優しく背中を擦ってくれた。しかし、彼女達の温かい手でも俺の中で未だ暴れる恐怖を静めることは難しかった。