「惨劇ー8」


「撃てぇっ、そいつが犯人だ。店長が刺されちまう、撃て、撃ってくれ!」
 銃を捨てて俺は大声で叫んだが、自動扉に閉ざされた店内に、俺の声が虚しく木霊するだけで、コンビニを包囲している多くの警察官達は、店長が刺されるのをただ黙って見続けた。肩から背骨にかけて深々と切りつけられた店長の背中からは、まるで冗談のように血飛沫が吹き出る。警察に助けを求めるように倒れた店長に向かって、男は何度も何度も包丁を突き立てた。
 なんで店長が斬られなくちゃなんないんだ。喧嘩を売ったのは俺だろう。気に入らないと襲いかかったのは俺だろう。丸腰で、いい歳して給湯室に尻もちついて怯えるような、そんな臆病者の店長を、てめえが言う世間に謝って生きているような人間が、どうしてこんな酷い目に合わなくちゃならないんだ。救えよ警察、見てないで助けろ、もうどう見たって店長を刺してるそいつが犯人じゃないか。何を呑気に俺と男の顔を見比べているんだよ。ふざけんな、ふざけんなよ。お前らは、店長みたいな馬鹿野郎が、圧倒的な弱者が、生きやすいように居るんじゃねえのかよ。なに寝ぼけてんだよ。
「ふっざけんなよ、ふっざけんな……」
 カッター男の血と脳漿の匂いが、俺に遠くで行われる惨劇の生々しさを思い知らせる。湧き上がる嘔吐感が胃から全身に波及し、たちまち俺は耐えきれなくなって、薄茶色した液体を床に撒いた。まるでこの世の不幸を煮しめた様な光景を俺はもう直視できず、吐瀉物と脳漿と血が混ざった地獄の底のような床に倒れた。何故撃たなかったんだ、何故撃てなかったんだ、撃てば店長はあんな目に合わずにすんだのに、お前のせいだ、お前のせいだ、と、悲しいほどに皮肉屋な俺が、耳元で無慈悲な言葉を囁く。その通りだ、俺に少しの勇気があったなら、店長を救うことができたんじゃないのか。なんでそこで躊躇したんだ、自分には店長を救う手段はあったのに。何故その力を行使しなかったんだ。何をびびっているって言うんだ、この大馬鹿野郎。
 消えてしまいたいよ、この場所から、この世界から、消えてしまいたい。無力で、どうしようもなくて、大切な仲間をたったの一人も救えやしないこんな俺など、生きている価値などありはしない、消えてしまえば良いのだ。
 ちょっと、これ、どういう事よ、どうなってるのよ。騒ぎを聞きつけて、醤油呑み星人が倉庫から飛び出してきた。その声に粘着質な床から顔をもたげれば、店の外を見て真っ青な顔をしている彼女の姿が見えた。すぐにも、居ても立っても居られないという表情で、コンビニから駆け出ようとする彼女。もし、ここで彼女が店長を助けに行って、さらに斬られでもしたらどうなる。店長があまりにそれでは報われない。やめろ、早まるなと、俺は痛む足に力を入れて立ち上がると、身構えた醤油呑み星人のこしに飛びついた。やめて、離して、馬鹿、あの人が、あの人が刺されてるのよ。どうして、なんでこんなことに、アンタ踏んづけていたじゃないのよ、それが、どうしてあの人を刺してるの。嫌っ、嫌よぉ、なんで、あの人がこんな目に合わなくちゃいけないのよ、何も悪いことなんて、してない、嫌っ、いやぁああっ。
 醤油呑み星人のこんな悲しい泣き声、俺は一度だって聞いたことはない。