「惨劇ー7」


 五分ほどしてパトカーはコンビニに到着した。大げさに音をならしてやってきたのは五台以上十台未満。そうしてパトカーは、狭いコンビニの駐車場をたちまちに埋め尽くしてしまった。次々に、紺色の制服を着た警官が車から降りる。そして、扉をバリケードに銃を構えた。なぜだろうか、その銃口は俺に向けられている様だ。強盗犯へ告ぐ、辺りは我々によって包囲されている、大人しく人質を解放して出てこい。バリケードに隠れている警官の更に後ろ、随分と離れた距離に立った中年の男が、拡声器を使って叫んだ。
 いや、いやいや、犯人って、俺の事かよ。ちょっと待ってくれ、俺の足の下にいる奴が犯人だっての。まぁ、確かにこのポーズじゃ、遠目に見たら俺が強盗犯だけれども。ふと覗いた民家の二階に妙に光るものを見つけ、もしやスナイパーも居るのかと背筋が凍る。おい、どうなっているんだと店長に問い詰めれば、人質を脅すんじゃないと怒鳴り声。いや、知らないよと首を涙目で振る店長、そう言えばこいつ、既に犯人は捕まえたとは電話で言っていなかったな。やれやれ、なんて不幸な事故だろうか、俺は頭を抱えた。
 とりあえず、出て行って事情を説明してやってくれよと、俺は店長に目配せした。しぶしぶと言った感じで、店長は両手を高く掲げると、自動ドアへと向かう。おいおい、それだとなんだか解放される人質みたいじゃないか、なんて思っていると、殊勝な心がけだ、そのまま足元の人質も解放したまえと、ハゲ散らかした中年オヤジが腹立つほどに得意気に言った。馬鹿野郎、みすみすこいつ解放したらそれこそ大惨事になるってえの。馬鹿言うなよ。
 足元の男が急にこちらを見た。楽しそうだな、という、表情をしていた。なんだよ、と、俺が睨もうとしたその時、男が懐から伸ばした手が、俺の足首に触れた。鈍い痛み、顎先よりも熱い感触、呻き声と叫び声が混ざりあって喉でもんどりを打った。足首に刺さったのはよく研がれた柳葉包丁。痛みの原因を知ったショックで、喉奥を彷徨っていた声がやっと外に出た。
 てめぇ、なんて事をしてくれやがる、ぢくしょうっ。力の緩んだ足を押し上げる様にして男は立ち上がる。完全にそれでバランスを崩された俺は、情けなく後ろに横転した。まずい、殺される。足の痛みをこらえて無理やりに受身を取ると、すばやく男に照準を合わせようと、銃を天に向ける。そんな俺の前を、男は目もくれずに走り去ると、出口へと向かった。なんだ、どういうつもりだと、仰向けからうつ伏せに寝転がれば、店長の背中めがけて一直線に駆けていく、強盗犯の背中が見えた。銃を持ってる怪我した男なんかより、丸腰の男の方が人質には取りやすいってか。ふっざけんじゃねえぞ。
 急いで俺は男の背中に銃を向ける。入り口のドアは開いたまま。ガラスに弾かれるということはない。しかし、銃を撃ったことのない俺に、男を射抜くことなどできるのか。また、あの民家のベランダで不自然に光る物はなんなのだろうか。そうでなくても、俺が撃てば、その瞬間、警官達が一斉に俺に発砲するのではないだろうか。なにより、人なんて俺は撃ちたくない。
 撃てなかった。俺には店長を救う為に引き金を引くことはできなかった。
 コンビニの扉が無情にも閉まる。そして、店長は男に後ろから刺された。