「惨劇ー6」


 もう一度頭を殴りつけると男は膝を折り、背中を蹴り上げれば蹲った。前倒れに傾く男。その手に握られた銃が地面を撃った。柔らかい床にめり込んだ弾は跳弾することなく、やがて、男は手から銃を離した。俺はすかさずそれを取り上げると、男に馬乗りになり、その冷たい銃口を柔らかい頭部に擦り付ける。おいコラ動くなよ、少しでも動いたらてめえがお仲間にしたように、床に脳みそぶちまけてやるからな。呻く男の怜悧な目が俺を睨みつけてきて、耐えかねて俺はもう一度男の背中を蹴った。正中線、背骨を踵で踏み抜くように、力一杯に足を押し込むと、げぇっ、と呻いて男は更に深く蹲った。やりすぎた、なんて事はない、こいつは強盗犯だ、殺人犯だ。銃を持っているし、興奮している。正当防衛、やらなければこちらがやられるのだ。
 今だと思ったのか、給湯室で奥で店長は立ち上がると、店長はレンジ横に置かれていた業務用テレフォンファックの受話器を手に取る。110のボタンを押せば、もしもし警察ですかと少しうわずった口調で言う。わざわざ電話を使わなくっても、レジ下に通報ボタンを付けてるだろ。犯人の背中を踏みつけなら俺がそういうと、あぁ、そうだったね、と、いつになく顔を赤くして店長は言った。まぁ、こんな状況だから動揺するのは無理はない。お兄さん、お兄さん、大丈夫ですか、お兄さん、血が出てますけど、大丈夫ですか。おそるおそる、足元に蹲る男を避けるようにして俺に近づいた味噌舐め星人が、俺の顎先を見つめて尋ねる。大丈夫だから、お前は醤油呑み星人と倉庫にでも避難してろ。心配してくれているのは嬉しかったが、まだ状況は安全ではない。体重をかけて押さえつけてはいるが、いつまた暴れ出すか分からない男を前に、味噌舐め星人と無事を喜びあう事などできなかった。
 心配そうに何度も俺の顔を見ながら、味噌舐め星人は醤油呑み星人の居る雑誌コーナーへと移動した。それでも俺が気がかりなのか、俺の顔から視線を逸らそうとしない彼女を、醤油呑み星人が後ろから抱きしめるようにして棚の中に引き込んだ。助かるよと、棚の上からこちらを覗く醤油呑み星人に目を配れば、青い顔をした彼女は味噌舐め星人とは裏腹俺から視線を逸らした。冷や冷やさせるなとでも言いたいのだろう。俺だってしたくてしたわけじゃないっての。こんな時にまで皮肉ってくれなくても良いだろうに。
 すぐにパトカーが来るって、と、彼女達の代わりに店長が俺に近づく。靴底がむず痒く動いたかと思えば、店長を威圧するように音が睨み付けていたので、俺はまた強く足をその背中に押し付けた。自分に向けられた殺意に対して、一瞬怯んだ店長であったが、いつになく気丈な顔つきでレジに引っ込みそうになったのを、なんとか持ち直せば、警察来るまでどうしようか俺に話しかけてきた。こうしてるしかないんじゃないか、下手に動けば、また、何をされるか分からないし。と、俺は足に力を込めながら店長に言った。この体勢は確かに疲れるが、一度足をどけたなら、この男は俺に向かって飛びかかって来るだろう。そうなったら残念ながら貧弱な銃に頼らなければ何もできないボウイの俺には、狂気に見境のなくなった彼を止めることなど、できそうにはない。そうだねと、店長は男を見下ろしながら、静かに頷いた。