「惨劇ー1」


 味噌舐め星人が陳列した棚は意外と綺麗な仕上がりだった。これで完璧よくやったと手放しに褒めるには少し崩れていて、かと言ってこれじゃ全然ダメダメと気持ちよく注意するにはおおよそ重要な所は抑えてあった。総合的に評するとすれば、俺はどうにも味噌舐め星人を過小評価していたらしい。普段の言動や振る舞いから、彼女に仕事などとてもできないと決めてかかっていたが、店長以上にはなんとか仕事ができるらしかった。ふむ、これなら確かに、猫の手くらいに借りる意味はあるかもしれない。まぁ、お前にしては上出来なんじゃないかと、頭を軽く叩けば、彼女は嬉しそうに笑った。
 さて、それじゃぁ、次はパンコーナーだ。それが終わったら、醤油呑み星人の指示に従え。俺はカウンターの業務があるからな。分かりました、隊長と何故か敬礼して、味噌舐め星人は背中側のパンコーナーを振り返る。籠に詰められたパンをテキパキと陳列する様をしばし見届けると、俺は彼女に背を向けてカウンターに戻る事にした。醤油呑み星人は、弁当と一緒に送られてきた雑誌を紐解いて陳列している様だ。気がつけば誰も居ないカウンターに客が二人程並んでいた。休憩中とはいえ、俺が席を外している時くらい、代わりに出てきてくれよ。すみません、お待たせしましたと、黒いパーカーで覆われた背中に声をかけ、俺は、彼らの横を通り抜けようとした。
 俺の顎先に熱い感触が走る。髭剃りの途中、剃刀を深く入れてしまった様な、そんな感覚。次に液体が俺の履いているスニーカーの、足先に落ちた。目の前の男たちから顔を逸らさず覗いた地面には、半分だけの赤い花が小さく咲いていた。鼻血、では、ない。吐血、など、では、もっとない。
 男の手に握りしめられたカッター。どこにでもありそうな、黄色をした、普遍的な、カッター。しかし、その、刃先は俺の血で紅く塗れている。
 斬られた。
「うっ、うっ、うわぁっ!? うわぁああああああっ!?」
 騒ぐなっ、静かにしろっ、でねぇと本当にぶち殺すぞ、と、パーカーの中にマスクを被ったそいつは、俺の喉元に血塗れたカッターの刃先を押しつけると、怒りに怒った野太い声で威圧した。マスクの穴から俺の顔を覗くその目は、白目ではなく赤目と言うほど血走っている。常人の目ではない。
 殺される前になんとか命の危険を俺の脳と体が感じ取った。あるいは恐怖にすっかりと支配されてしまった。俺はただただ言葉を失し、正義感も捨てて、ただ高く手を上げて降参かつ服従の意をコンビに強盗に告げた。
 よし、それで良い。良いか、他の奴等も、大人しくしてろ。そうしてりゃ物はすぐ済む話だ、いいか、分かったな、騒ぐんじゃねえぞ。男は俺の首元にカッターを当てたまま、目で、カウンターに入れと、俺に命じた。命の重みと脆弱さを知っている俺は、懸命な事に、その犯罪者の言うことを聞いてカウンターの中に入った。給湯室の中で尻もちをつき、怯えた表情でこちらを見上げる店長と目が合う。大丈夫か、と、彼の弱々しい目が告げていた。申し訳ない、と、彼の目が謝っていた。なるほど、だから彼はカウンターに出て来なかったのか。こればっかりは、どうしようもないな、くそっ。