「惨劇ー2」


 どうにか少しばかりの勇気と平静を取り戻した俺は、店長に大丈夫だから心配するなと目で合図を送った。むしろ店長が捕まらなくてよかった。あんたみたいな明かなビビリが捕まれば、恐怖にまともな行動がとれるはずがない。下手をすれば強盗の神経を余計に刺激して殺されかねない。人が死んだコンビニにはたして客が来るかと言えば、もちろんそんな店気持ち悪くて誰も来たがらない。いや、普通に素直に店長に死なれるのは目覚めが悪いからと言えば良いのだが。やれやれ、いきなりの事で驚いたが、どうやらいつもの調子が戻ってきたらしい。この場面で戻って来てもどうという話だが。
 顎先の傷を確認する。血が出たので驚いたが、そう深い物ではない。舐めて治るような傷ではないが、おそらく直に止まるだろう。おそらくは、威嚇で振ったのが、偶々俺の顎先に当たったという所だろうか。少なくとも、こちらが大人しくしていれば、彼らが俺を傷つけることはなさそうだ。
 他人の命は金に変えられても、自分の命は変えられない。早くレジを開けろと怒鳴る強盗から目を少し目を逸らし、俺は店長に目配せをした。良い、開けろと、頷いている。俺の命を思ってか、それとも俺が殺された後に自分に強盗達が迫るのを想像してか、店長はあっさりと強盗に金を渡すことを決断した。懸命な判断だと思う。彼の思惑がなんにせよ、この場はとりあえずその決断に感謝するとしよう。俺はボタンを押しレジの引き出しを開けた。
 なんだ、これだけか、しけてやがるな。俺を背中から抱き、喉にカッターを突きつけている男が言った。彼の目配せで、もう一人が何も言わずにレジの中に手を突き入れる。一枚、二枚と、万札を鷲掴みにして、安っぽいビジネスバッグの中に詰めていく。万札がなくなれば五千円札、千円札とグレードを下げ、五百円玉を全て入れると、そいつは静かにバッグを閉じた。
 さて、盗る物も盗ったのだからさっさと帰ってくれないだろうか。そんな思いをひた隠して、俺が再び手を上げて降参の意志を示すと、背中の男は俺から手とカッターを離してレジから出た。良いか、俺たちが良いと言うまでそこを動くなよ。あぁ、お望み通りそうさせてもらうよ。ほら、早くしてくれ、俺はお前たちの様な社会のグズを、とっとと警察に通報したくってしょうがないんだ。ちくしょう覚えてろよてめえら、後で地獄を見せてやるからな。歩数にするならば約三歩程だろうか。十分に俺とレジから離れた強盗達を見て気が揺るんだか、強気にも俺は強盗たちの顔を睨みつけていた。
 ふと、その時、俺は初めて、カッターで顎を割いた男とは違う、もう一人の男の顔を見た。いや、その瞳を見た、と、言った方が正しいだろうか。
 俺を斬った男の目には相当な狂気が潜んでいたが、この男にはそれらしいものがなかった。狂気と、呼べるような分かりやすい感情は、どこにも感じられなかった。それはつまり、冷静だとか、平静だとか、そういった、普通の感情しか感じられない、そんな目だった。まるで、これからコンビに行って、ラーメンでも買ってくるよとでも言いたげな、そんな、本当になんともないとでも言いたげな目なのだ。この恐ろしい惨劇の只中にあって、なぜそんな目ができるのだ。解し難い状況と言い難い恐怖に、背筋が凍った。