「醤油呑み星人の厭味」


 ほら、これでいいわよ。後は上着を替えて。上着の着方くらい分かるわよね。大丈夫です、もう大丈夫です。ありがとうございますお姉さん、感謝感謝のヒデキ感激です。また古い言葉を知っているなお前は、異星人の癖に。醤油呑み星人がカーテンを開けて出てくると、俺は小さく礼をした。まったく、いつまで経っても手のかかる子よね。スカートの履き方ぐらい普通分かるもんでしょうに。んしょんしょと、脱衣スペースから聞こえてくる味噌舐め星人の声に耳を峙てながら、俺達は顔を見合わせて、ため息をつく代わりに少し笑った。で、なんであの娘がここに居るわけ。もしかして、今日からウチで働くとか、そういう巫山戯た話じゃないわよね。残念ながらそんな巫山戯た話なんだよこれがまた、と、俺は俯き気味に首を振りながら言った。途端、なにそれ信じられないという驚きの顔を醤油呑み星人は俺に向ける。
 ちょっと、身内だからってコネでそういう事しないでくれる。師走でお金が入用なのは分かるけども、あの娘が使えない子だってのは、一緒に暮らしてるアンタもよく分かってるでしょう。もしあんなのが働こうものなら、仕事のミスやらなんやらで、いつもの二倍・三倍は忙しくなるわよ。即座に、そして味噌舐め星人に聞こえないよう小声で、醤油呑み星人は俺が先日店長が味噌舐め星人の採用を決めたときに思ったことを言った。アンタちゃんと止めなさいよ。一応、今のあの子の保護者なんでしょう。そんな事は俺も分かっているし、ちゃんと止めはしたよ。けれども、だ、お前だってあの人の性格は知ってるだろ。具体的な名前は言わずもがな伝わってくれるだろう。案の定、聡い彼女は俺が誰の事を言っているのか分かってくれたらしい。あのスケベオヤジめ、誰かれ構わず良い格好してもう、と、肩を怒らせて言うと、彼女は長いため息を吐いた。あの人がそれでも雇うと言うのだから、それは仕方ないのだ。だって、一アルバイトの彼女にも、最近店員になったばかりの俺にも、あの人と違って人事に関する権限は何もないのだから。
 そういう訳だから、お前もアイツのフォローよろしく。華麗にため息のコンボを決めると、しぶしぶと言った感じに醤油呑み星人は首を縦に振った。一日おにぎり二個で手を打ってあげるわ。安いもんでしょう。こいつ、人の足元を見やがって。手伝わなくて悲惨な目に会うのは、俺もお前も一緒なんだぞ。冗談よ冗談。ただまぁ、冗談だけれど、本当にくれるなら、こっちとしても助かるわ。なんだかんだで、私も師走でお金は入り用だから。まぁ、確かに世話になっておいて、何もしないというのは申し訳ない。俺は財布の中身を確認すると、二個は無理だが一個ならなんとかと彼女に言った。すると、仕方ないわねという感じに彼女はまたため息をついて、俺に微笑んだ。
 着替えましたよ。どうですか、どうですか、私の制服姿は。カーテンを横に引いて、脱衣スペースを飛び出した味噌舐め星人は、薄茶色のスカートを体を捻って閃かせると、俺と醤油呑み星人にウィンクした。思った以上にウチの制服は似合っていた。ただまぁ、低伸長と子供っぽい仕草が手伝って、高校生アルバイトくらいにしか見えないが。ねえねえどうですかお兄さん、似合ってますかと迫る彼女を、似合ってるよといつになく素直に褒めた。