「味噌舐め星人の反故」


 クライマックスが近づいてくるにつれて、味噌舐め星人もどうやらこれが作り物のお話しであることを理解してきたらしい。いつの間にか俺から離れた彼女は、布団をかぶりならテレビの正面にちょこんと正座して、食い入るようにして映画を見ていた。あれほど怖がっていたSF映画を、嬉々とした表情で。おそらく、それが架空の世界の出来事であると確信したのが、大きいのだろう。自分に火の粉が降りかからないと分かれば、多少の同情と哀れみをエッセンスに、他人の不幸を悲劇として楽しめるのが人間だもの。なんて、他人事と皮肉めいた言い方をしてしまう辺り、自分だって十二分に浅ましい人間だ。まぁ、対岸の火事として存分に映画を楽しんでいる俺からすれば、味噌舐め星人が心変わりをしてみせたのも、分からないでもなかった。
 やがて、洞窟の中で主人公達が大型エイリアンを倒し、物語は終了した。ライバルが大型エイリアンに脳みそを吸われるグロテスクなシーンは、流石にフィクションと分かっていても恐ろしかったらしく、味噌舐め星人は再び俺に寄り添ってきて、そのまま映画のクライマックスを迎える形となった。お兄さん、嘘じゃないですか、宇宙の話じゃないですか。嘘つきましたね、嘘つきました、どうして嘘をつくんですか、嘘つきは泥棒の始まりなんですよ。はいはい、酷いです酷いですだろ、分かっているよと、俺は腕を弱々しくパンチする味噌舐め星人の頭を軽く叩いた。まぁ、そう怒るなよ、最終的には面白かったんだから、別に良いだろう。面白くなんかなかったです、怖かっただけです。どうするんですか、眠れなくなったらどうしてくれるんですか。怖くて怖くて眠れなかったら、どうしてくれるんですか。お前は子供かと、俺は味噌舐め星人の無防備なおでこに、人差し指を弾いてやった。
 時刻は十一時、よい子はおねむの時間。今はもう子供でもなければ、当時もまたよい子でもなかった俺はちっとも眠たくなかった。だが、明日の仕事が早朝出勤であることを考えれば、そろそろ夢裏にでも寝ておいた方がよさそうだった。なんといっても、明日から毎日十二時間以上の勤務ばかりなのだ。寝れるときに寝ておかなければ、体が持ちそうにない。まだまだ夜はこれからという感じに、テレビに食い入る味噌舐め星人をわておいて、俺は立ち上がると、用を足しに部屋を出た。外は凍り付くように寒く、雪を降らせそうな鉛色した分厚い雲が、月明かりを遮って空全体を覆っていた。
 用を足して部屋の前まで帰ったとき、俺はふと、味噌舐め星人を脅かしてやってはどうかと考えた。彼女はもうすっかり、さっきの話をフィクションとして受け止めていたらしかったが、扉が突然に揺れれば、彼女はいったいどんなリアクションをしてくれるのだろうか。なんとなく、そんな悪戯心が働いて、次の瞬間には、行動に移っていた。俺は冷たいドアノブを握ると、それを左に回し、右に回し、激しく揺さぶる。ついで、近所迷惑にならない程度に、扉を爪先で叩くと、硬質で冷たい音を部屋に響かせた。
 まぁ、映画内でのSEそっくりと言う訳にはいかないが、それっぽい音が出たのではないのだろうか。それくらいに思って俺は味噌舐め星人の反応を伺っていたのだが、なぜだか、中からの反応はまったく返ってこなかった。